【PMスタイル考】第49話:シンプルであるために
◆iPhoneやiPadはなぜシンプルなのか
シンプルというスタイルについてずっと書きたいと思っていましたが、難しいので躊躇していました。ケン・シーガルのThink Simpleという本を読んでいたら、何となく、考えがまとまってきたので、一度、チャレンジしてみたいと思います。
ケン・シーガルの本とは関係なく、シンプルというと真っ先に頭に浮かんでくるのは、スティーブ・ジョブズであり、アップルであり、iシリーズです。iPhoneやiPadはどうしてシンプルなのでしょうか?
この問題を考えるには、なぜ、ものごとが複雑になるかを考えてみる必要がありそうです。なぜ、複雑になるのか?
iPhoneが誕生したときに、話題になったのはボタンが一つしかないということでした。これは、ユーザがマニュアルを見なくても使えるということへのこだわりでした。ハードのボタンが2つあれば、まず、その機能を理解しなくては使えません。本当はボタンをつけたくなかったのではないかと疑りたくなります。
ここで注意したいことは、ボタンが一つだからシンプルになったのではないことです。たとえば、マウスのように、ボタンを1回押したら○○の操作で、2回押したら△△の操作でと、状態を持たせることもできるわけです。
シンプルである理由は、ユーザがマニュアルを見なくても使えるという方針にこだわったことです。蟻の一穴という言葉がありますが、シンプルはまさにこれで、例外を認めた瞬間にシンプルではなくなります。
◆タマネギの皮をむくように、ムダを削ぐ
iPhone以外のスマートフォンがシンプルでない理由は、例外があるからです。では、なぜ、アップルは例外を作らなくて済むのか。ジョブズはビジネスウィークのインタビューでこういっています。
ある問題を解決しようとして、最初に考え出した解決策がとても複雑だったとしよう。ほとんどの人はそこで考えるのをやめてしまう。だが、そこでやめずに考え続けて、タマネギの変わりむくようにムダなものをそぎ落としていくと、とても洗練されたシンプルな解決策にたどり着くことがよくある。
まさに、この言葉に本質があると言えます。製品の機能を実現するときに、もっとも簡単な方法は機能の分だけのボタンをつけることです。すると、製品はとても複雑になります。日本のガラパゴスといわれる製品は極論すればここで考えるのをやめているわけです。実際にはユーザインタフェースの設計と称して、いくつかのボタンをまとめたり、配置を工夫したりするわけです。
アップルがやっていることは、ユーザインタフェースの問題にとどまりません。iPhone開発の時の有名な話に、ハード的にはボタン一つで、後はタッチパネルにすると決めたときに、鍵と一緒にポケットにいれてもタッチパネルが傷つかないような強化ガラスを採用することにこだわったという話があります。ここでいう問題解決はそういう問題解決なのです。
時間があれば、そうしたいという声が聞こえてくるような気がしますが、アップルは開発者に十分な時間を与えているわけではありません。計画と十分ではない時間を与えることによって、ムダをそぎ落としているわけです。
このようにして、最後の1枚まで皮をむいて、シンプルな製品が完成するわけです。
◆組織プロセスに秘密がある
では、このような作りこみは時間があればできるのかと言うのが次の問題です。できないというのが答えです。できない理由は組織プロセスや業務プロセスにあります。
よくジョブズはカリスマで、CEOとして、指揮をしているので思ったようにできるのだという見方をする人がいます。これは半分当たっていて、半分外れています。ジョブズが行っていることは、シンプルであることを守ることです。言い換えると複雑さと戦うことです。
複雑さの発生する理由はプロセスの複雑さにあります。プロセスが複雑になる理由は、やはり、例外を認めることです。アップルの方針の一つに小人数の原則というのがあります。たとえば、Macintoshのチームは100名を超えないというルールがあるそうです。ラインナップを考えると、この100人という数字そのものがすごい数字だと思いますが、もっとすごいのは、もし、どうしても必要な人がいれば、1人外して、チームに加えるそうです。
たとえば、ある技術がどうしても必要で、その技術者を加えたいときには、「例外」とするプロジェクトがほとんどだと思われます。ここで例外を認めると、小人数という原則は崩れます。すると、何のためにいるのか分からないような人がプロジェクトにいるようになり、シンプルは崩壊していきます。
このような構造はガラパゴス製品を作るメカニズムとまったく一緒です。もうお分かりだと思いますが、シンプルであるためには、原則にこだわることが必要なのです。
と同時に、その目標が極めて高いというのがアップルの特徴です。スマートフォンにボタンは一個だか、Macのチームには100人しか要らない。そして、この高い目標が、高い創造性を喚起しているわけです。
◆思考実験
たとえば、こんな状況を考えてみてください。システム構築のような生産型(労働集約型)のプロジェクトで、10人のメンバーのうち、5人は技術者としては半人前です。このときに、プロジェクトマネジャーのあなたはどうしますか?
大抵の人は、プロジェクトの中で5人を教育してなんとか0.8人前くらいにして、あとは生産性の向上で乗り切るという答えなのではないでしょうか?結果は、まあ、中途半端な品質のものができて、微妙な結果に終わるように思います。話を複雑にするとこうなるわけです。
シンプルであるにはどうすればよいか。まず、5人は入れない。一人前の5人でやる。そして、ムダなスコープ、ムダなプロセスをそぎ落とし、顧客が満足するものを作る。もちろん、顧客がすぐに満足してくれるわけではないでしょう。顧客との対話をしながら、その場合の顧客の問題を解決していく必要があります。
◆前提を置かない
この場合に大切なことは、前提を一切おかずに問題解決をしていくことです。要員の稼働率を挙げなくてはならない、契約は守らなくてはならないなどの前提を置くと、5人外したときの組織の問題、契約の問題など、多くの問題がでてきます。もちろん、これらは実際に問題になるわけですが、それは問題が起こったときに解決方法を考える。前提を置いて問題を回避している限り、シンプルにはなりません。
このように考えてみると、シンプルであるために重要なのは、デザインよりむしろ組織プロセスであって、その結果がデザインに表れてくるといえるでしょう。プロジェクトはルール化された組織プロセスに縛られずに、一からプロセスを構築して業務を進めていく方法です。
◆例外を作らないために
前提を置かないことと同様に重要なことは、具体的なレベルで例外ができそうになったときに、もう一度、概念的なレベルに戻って考えてみることです。
たとえば、ボタンの話で、ボタンで考えるとどうしても、2つつけたい。そのときに、マニュアルを見なくて使えるというレベルに戻って、そこでもう一度、考えてみる。
この具体的なレベルと、概念的レベルの行き来に例外の回避のヒントが隠れていることが多いのです。
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