【プロデューサーの本棚】ユーザーイノベーション: 消費者から始まるものづくりの未来
小川 進「ユーザーイノベーション: 消費者から始まるものづくりの未来」、東洋経済新報社(2013)
<紙版><Kindle版>
メーカーだけではなく、ユーザーもイノベーションを起こすことができるとする「イノベーションの民主化」という研究分野の第一人者である小川進先生が、ユーザーイノベーションの位置づけを整理し、イノベーションの民主化の動向を解説する一冊。
イノベーションはメーカーで起こるだけではなく、消費者が製品を使う場所で起こることがある。イノベーションを起こす消費者は、既存品では満たすことができないニーズを満たすために、製品創造や改良、用途開発を行う。
そして、このイノベーションは他の消費者に伝わる。これがユーザーイノベーションである。もちろん、ユーザーが行ったイノベーションがすべて他の消費者に伝わるわけではないが、メーカーは利益が上がると判断すると、その市場に参入していく。
このような普及はこれまでの「大学・企業のイノベーション→消費者への普及」というルートではなく、「ユーザーによるイノベーション→他の消費者への普及→企業の参入」というルートで実現される。これがユーザーイノベーションという概念である。
この本は、メーカーがユーザーイノベーションにどのように対処すればよいか述べた本である。そのために、ユーザーイノベーションにはいくつかの種類があることを示し、例を詳しく述べている。
興 味深いのは、メーカーはユーザーによるイノベーションを否認することである。しかし、現実には、アウトドア製品、過激なスポーツ用品、マウンテンバイクな どの特定の業界では確実にユーザーによるイノベーションが起こっている。実際に、その割合は日本では3.7%に上る。米国や英国ではもう少し多い。投資額 も多い。メーカーの投資に対して、日本では13%、米国では33%であるが、英国では144%に上る。
この矛盾の原因としては、メーカーが認識できていないことがあげられる。とくに、ユーザーイノベーションは一発屋であることが多く、それがユーザーイノベーションを発見できない理由になっていることが多い。
ユーザーイノベーションのケースの一つ目は用途開発である。用途開発としては、マスキングテープを雑貨として利用した例が有名である。
マスキングテープは建設現場などで塗装を行うときに色を塗らない部分を保護するために使われるテープである。塗装が終わればはがさなくてはならないため、目立つような色には目立つものが使われていることが特徴だ。
こ れに目をつけて別の用途を考えた消費者がいた。カフェをやっている女性が、カフェで顧客が購入した本や小物を紙の袋にいれて、マスキングテープで留めるよ うにした。顧客の中には、購入し、お茶を飲みながら開封し、また片づけて持ち帰るという人もおり、きれいに剥がし、再び張ることができる点でも便利だっ た。他にも店内にポップなどを張ったりするにも色の豊富さを活かして楽しさが演出できた。
このような人が集まり、「Masking Tape Guide Book」という本をつくり、マスキングテープのメーカに送ったが、どの会社も無視する中で興味を持った会社がかも井という会社だった。そして、かも井は 雑貨としてのマスキング事業を始め、20億の市場を独占している。このあたりから、テレビなどでも話題として取り上げられているので、ご存じの方も多いと 思う。
このほかにもクックパッドの例が取り上げられている。クックパッドはご存じのとおり、料理の素人がレシピを投稿するサイトである。 収益源になっているのは「レシピコンテスト」である。たとえば、「ハーゲンダッツミニカップアイスを使った簡単スイーツレシピ」とか、「エバラ焼肉のたれ を使ったレシピ」といったコンテストが行われる。つまり、ユーザーによる用途開発をする場を提供している。
次は、ユーザーが低費用でイノ ベーションをするケースだ。ここで重要なのはメーカーが気が付かない間に製品の創造や改良、用途開発をしているリードユーザーの存在だ。リードユーザーの 例で興味深いのはホワイトウォーター・カヤック(WWK)の例だ。WWKのイノベーションには、製品、テクニック、インフラストラクチャーの3つがあり、 製品の73%、テクニックの91%、インフラストラクチャーのほぼ100%を愛好家が行っている。
リードユーザーによるイノベーションの特徴の一つは、より低費用で行われることである。したがって、いかにリードユーザーを見つけるかはメーカーにとって課題になる。そのための手法として、スクリーニングやピラミッディングといった手法が開発されている。
一方で、リードユーザーには自分の行ったイノベーションの情報を公開する人がいる。これにどのように向き合っていくかが問題になる。
そ の事例として本書ではレゴ社のユーザーコミュニティの事例を紹介している。ユーザーイノベーションにどのように対応するかは難しい課題だ。レゴ社は非常に 大胆にもリードユーザーをコミュニティー化し、コミュニティーとイノベーションを行うしくみを作っている。上で述べたようにユーザーイノベーションは一発 屋のことが多いが、コミュニティ単位でみれば継続的にイノベーションが行われる。
レゴ社には3200万人のユーザーがいて、その0.01 である3000人が他の人がうらやましがるスキルを持つ。つまりリードユーザーである。マインドストームのハッキングを機会に、クローズ路線から、コミュ ニティーを作り支援する路線に切り替えた。彼らが社外開発者となるわけだ。
同じような例としてクリプトン社の「初音ミク」を取り上げている。こちらの取り組みについては本書を読んで欲しい。
今、継続的なイノベーションが必要になっている理由の一つは、ユーザーニーズの多様化である。この問題に対して、ユーザーイノベーションで対処しようとする動きが、クラウドソーシングである。
クラウドソーシングは、不特定多数の消費者に欲しいと望む製品案やそれに対するそれに対する評価をインターネットを通じて募集し、消費者からの反応を元に製品化に取り組む仕組みである。米国の「クオーキー」が有名である。
クラウドソーシングには以下のような特徴がある。
・製品のアイデア創造段階からユーザーを組み込むことが可能
・多数のユーザーを対象に情報を収集する
・開発過程を誰もが閲覧でき、誰もが参加できる
・最終製品案をユーザーが投票で決定する
このような特徴をすべて持つのは他のマーケティング手法にはないものだ。
本書では、このほかにユーザーの起業について述べ、さらに、ユーザーイノベーションの研究の流れについても紹介している。
基本的にはユーザーイノベーションのビジネス書であるが、事例が非常に詳しく紹介されており、実用的な知見を得ることもできる良書である。
コメント