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2013年5月 2日 (木)

【プロデューサーの本棚】トルネード キャズムを越え、「超成長」を手に入れるマーケティング戦略

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ジェフリー・ムーア(中山宥訳)「トルネード キャズムを越え、「超成長」を手に入れるマーケティング戦略」、海と月社(2011)

キャズム理論の 考案者として知られるジェフリー・ムーアにより1995年に出版され、いまや常識になったハイテクマーケティングのバイブル。テクノロジーライフサイクル の中で発生するキャズムとトルネードという2つの概念で過去のハイテク市場で発生した現象で説明し、ライフサイクルごとに適切なマーケティング方針を明確 にした。

◆テクノロジーライフサイクル

マーケティングでは古くはP&Gを真似るという常識があった。ところが、ハイテク分野ではその常識が通用せず、ハイテク企業のマーケティング担当は 途方に暮れていた。その原因は、タイプライターからワープロのようにパラダイム変化をもたらす不連続的なイノベーションがあることだ。

そこに福音をもたらしたのが、「テクノロジーライフサイクル」である。ムーアたちは、マーケティングターゲットとして以下の5つのユーザグループを定義することによりテクノロジーライフサイクルを表現した(括弧内は一般的な概念)。

(1)テクノロジー・マニア(イノベーター)
テクノロジーとは遅かれ早かれ、私たちの生活を改善してくれるものだと考え、複雑な技術の使いこなし方を習得する喜びを感じる
(2)ビジョナリー(アーリーアダプター)
組織に本格的な変革をもたらそうと働きかける。不連続なイノベーションに乗じて過去を断ち切り、まったく新しい未来を開拓したがっている
(3)実利主義者(アーリーマジョリティ)
技術に関心はなく、業務の効率化に関心がある。不連続的なイノベーションよりも、連続的な進化の方が好ましいと考えているが、自社の基幹業務のシステムをまかされているケースが多く、大量に製品を購入する
(4)保守派(レイトマジョリティ)
技術に投資しても自分たちにはあまり役立ちそうにないと考え、消極的であるが、周囲に取り残される状況になってからしぶしぶと新技術を受け入れる
(5)懐疑主義者(ラガード)
新技術やそのマーケティングに「おおげさすぎる」となん癖をつけては喜びを感じる。

◆キャズムとは

まず、ムーアたちは、このライフサイクルで、ビジョナリーから実利主義者へターゲットを移す際に予想外の躓きが起こることを発見した。価値観が違 い、ビジョナリーの推進する革新的なプロジェクトを受け入れず、スムーズに境界を乗り越えられない。ベンチャー企業の場合、この時点ですでに多くの投資を 受けているので、まっさかさまに奈落の底に落ちてしまう。これが「キャズム」である。

市場では、革新的な製品が市場にもたらされると、最初は必ずテクノロジー・マニアやビジョナリーからなる初期市場に温かく迎えられる。ところがその 後、キャズムの深みに落ち、売り上げが衰えはじめ、たいていは急落する。もしうまくキャズムが超えれると、いよいよ実利主義者や保守派がしきめくメインス トリーム市場に受け入れられる。

◆キャズムを乗り越え、ボーリングレーンへ

キャズムを超える基本戦略はビジョナリーと実利主義者の違いに着目することである。ビジョナリーは将来のために賭けにであるが、実利主義者は実績を 求める。そこで、全力を一つの(ニッチ)市場に集中する。メインストリーム市場のある特定の領域にいる顧客層を把握して、その顧客に向けて100%のホー ルプロダクト(顧客の問題に100%の解決を与える製品)を提供する。この段階を、ボーリング・レーンという。一つの市場をボーリングのピンに見立て、ど んどん倒して、連鎖反応を起こしていく。もちろん、一番ピンに当てることが重要であるが、それは、「参入コストが現時点での売り上げを超えるセグメント」 であってはならない。つまり、
・購入動機に満ちたセグメント
・現時点で競合に占有されていないセグメント
であることが望ましい。また、ターゲットはIT責任者ではなく、エンドユーザに焦点を当てることが重要だ。
このようにしてボーリングレーンでは
・目先の利益を上げる
・トルネード期に入ったあとマーケットリーダーになれるよう、将来を見据えた信用を気づく
の2つの目的を果たす。

◆ボーリングレーンからトルネードへ

これがうまくいくと、いよいよ書籍のタイトルでもある、「トルネード」がやってくる。トルネードとは、一般の顧客層が「一斉に」インフラとして新し いパラダイムを採用し始める状態である。つまり、今度のターゲットは実利主義者であるIT責任者である。ボーリングレーンで実績を積んだパラダイムは、 「エンドユーザも大喜び」、「IT責任者の負担をぐっと軽くする」、「業績も競争力も見違えるようにアップ」などのふれこみでやってくる。そこで、実利主 義者の群れは放っておくことはできなくなり、3つの申し合わせをする。
・時期がきたらみんなで一緒に移動しよう
・新しいパラダイムのベンダーを選ぶときは、みんなで同じ業者を選択しよう
・いったん移行をはじめたら、できるだけ早く完了しよう
この3つの行動原理によってトルネードが起こる。

トルネード期のマーケティング戦略は顧客を無視することである。求められるのは需要の創造ではなく、滞りのない供給である。流通を妨げる行為はすべ て目的に反する。かつてヘンリーフォードが生産性を高めるために3色選べたボディーを黒のみにし、「どんな色のモデルTをご注文いただいても結構です。す べて黒になりますが」と言ってのけたのはトルネード期のマーケティングとしては正鵠を得ている。

たとえば、パソコン向けのレーザープリンタにトルネードをもたらしたヒューレットパッカードは
(1)ひたすら出荷する
(2)流通チャネルを拡大する
(3)順次、価格を引き下げを目指す
の3つを基本方針とした。単純な戦略であるが、やってのけるのは難しい。

◆メインストリート市場で成果を上げる

さて、トルネードに勝利すると、メインストリート市場が待っているが、ここにまた、新しい落とし穴がある。それは、上昇志向が強すぎ、メインスト リートに入ったとたん、次のパラダイムシフトに関心が移ってしまうことだ。つまり、ベルカーブではなく、S字カーブを描こうとする。

この落とし穴に落ちないためには、エンジニアからマーケティングに主導権を渡すことだ。マーケティングは「従来より高度なハイテク・ソリューション は必要ない。使用感の改善こそが求められている」と考えてくれる。ムーアは、メインストリームでは、「ホールプロダクトプラスワン」とよぶオファーを推奨 している。文字通り、トルネードでコモディティ化したホールプロダクトに副次的な付加価値をつけて、差別化する。

プラスワンのポイントは、負担するコストを最小限に抑え、従来よりも高い値段で買ってもらうことである。ムーアはハイテク製品では、準備されているが、ほとんどのユーザは使っていない(知られていない)機能に注目したキャンペーンを張ることが有効だと指摘している。

◆企業戦略と製品戦略のアラインメント

本書の最大の論点は

テクノロジーライフサイクルが大きな転換点にさしかかるたび、とるべきマーケティング戦略が劇的に変化する

ということだが、現実はそんなに単純な話ではない。まず、一つの企業は複数の製品を同時に手掛けており、製品ごとにライフサイクルが違う。また、同 一のマーケットでもセグメントによってライフサイクルが違う場合があるなどの事情があるからだ。そのため、性格の矛盾するメインストリート、トルネード、 ボーリングレーン期の戦略のどれを選べばよいか、迷うことになる。この問題に対して、製品ではなく、カテゴリーに着目して、ライフサイクルの特定をしてい けばよい。

以上がテクノロジーライフサイクルに基づく製品戦略に関する理論だが、実際にはこれを企業の戦略と統合しなくてはならない。本書では、

・戦略的ポジショニング
・競争上の優位性
・ポジショニング
・組織内のリーダーシップ

の4つの視点から、議論している。詳細な議論は本書をお読みいただくことにして、ポイントは「パワー」とその配分にある。それぞれについてパワーの持ち主がどうかわるかを見極め、マーケットの変化に合わせて再定義・再構築していかなくてはならない。

◆スマートフォンにおけるトルネード

今回、海と月社から新訳で出たので、久しぶりに読んだ。ムーアの理論が日本で紹介されたあと、理論を無視して、失敗した産業の筆頭は携帯電話であ る。キャズムは乗り越え、トルネードをうまく起こした。しかし、メインストリーム市場で失敗し、事業規模の大きさから大きな痛手になり、ほとんどのメーカ は事業整理をした。失敗は、エンジニアが主導権を譲らず、プラスワン戦略をとらずに、ムーアのいう「希望的観測トルネード」でパラダイムシフトを繰り返 し、ガラケーという「過ぎたホールプロダクト」を作ってしまったことである。

事業整理をしたところで、やっとこれに気づき、がらりと戦略を変え、プラスワン戦略に変更したように見える。同時にスマートフォンが長いキャズムか ら、ボーリングレーンに移ってきた。このあと、トルネードを起こす準備が着々と進んでいる。おそらく、トルネードはうまくいくだろう。そこで、特にエンジ ニアには本書を読んでもらい、メインストリートで携帯電話と同じ過ちを繰り返さないことを祈る。

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