【プロデューサーの本棚】ビジネスのためのデザイン思考
紺野 登「ビジネスのためのデザイン思考」、東洋経済新報社(2010)
デザインに対する関心が高くなってきた。20世紀の工業デザインに変わり、21世紀の知識社会におけるデザインである知識デザインのあり方としての デザイン思考について述べ、さらに、デザイン思考に必要な3つの方法論として、エスノグラフィーなどの質的研究方法論、ビジネスモデルデザイン、および、 シナリオデザインについて解説した一冊。
20世紀のものづくりにおいては、(工業)デザインはものの付加価値に過ぎなかった。しかし、21世紀は自らの知識や専門分野によって意思決定を行うナレッジ・ワーカー(知識労働者)の時代であり、デザイン思考はそこで行われる人間を中心としたイノベーションに不可欠な方法論であり、付加価値を超えたコ アになるプロセスである。そのプロセスがデザイン思考であるが、本書ではデザイン思考を
顧客と主客一体となった「場」で、直感を活かして相互作用的に個別具体の諸要素の関係性を創出し、それらの要素を時間・空間のなかにダイナミックに組織化していくプロセス(p32)
と定義する。デザイン思考を最初に提唱したのは、ピーター・ロウであり、本書ではロウの提唱したデザイン思考を形式化し、現場での
(1)直感的な仮説の形成
(2)諸要素を組織化したコンセプトの形成
(3)目的を現実を結びつけるモデル(プロトタイプ)の形成
の3つのフェーズからなるモデルを提唱している。このモデルが、著者たちがかねてより提唱している暗黙知と形式知を変換する知識創造のプロセスである。つまり、本書的にデザインとは、知識創造のプロセスである。
本書のモデルにおいて、知識デザインは、プロジェクトの上位目的である組織の戦略目的やビジョンなどの高邁な意味や意味である「目的界」と、個別具 体的な現地現実現物である「現実界」を相互に行き来する知的な運動だと定義され、顧客や関係者からの実践の現場に密着し、体験的認知によってデータを身体 化し、そこから対話や仮説を生み出す。さらに、プロジェクトの目的に照らし合わせて内省し、狙いをするコンセプトへと統合していく活動だとされる。 (p37)
このような意味でのデザイン思考はすでに先進的な分野では実践されている。例えば、IT業界である。IT業界では、従来のウォーターフォールアプ ローチから、スクラムに代表されるアジャイル手法に大きく舵を切りつつある。アジャイルの目指すところは、顧客や技術者、専門家などか創る主客一体となっ た「場」で、協調し、相互作用を通じて、モデリングを繰り返し、プログラムを生み出していく。
このような変化はIT業界に限らず、サービス業一般に求められている。サービス業は従来、「サービス」というものを売っていたが、本来、自社の知識 資産(サービス要素)により、顧客との相互作用でニーズを顕在化させ、サービス要素の組み合わせにより、ニーズを実現していく業態である。アジャイルはソ フトウエアを作って売るというビジネスから、本来のサービスに向かいつつあるわけだ。このような方向性を追求するに当たって、ベンダーは、売上-原価=利 益という方程式ではなく、
資産×デザイン=顧客価値 → 利益
という方程式を持つべきだというのが本書の指摘である。
「資産×デザイン=顧客価値 → 利益」の方程式を満たす企業を作るには経営においてデザインの展開をする必要がある。その段階は
第1段階:デザインでモノやサービスの価値をカタチにする
第2段階:デザインで見えないものを視覚化する
第3段階:ビジネスモデルのデザイン
第4段階:デザインを経営の統合や連携、経営課題にどう活用するか
第5段階:さらに富を生む生産システムとしてのデザインをどう活用するか
の5段階に成長させていくことを提案している。
このような展開において、デザインは企業の付加価値の根幹となるが、実際にそのようなビジネスモデルを築いている事例として
・デルのカスタマイズモデル
・セブンイレブンの仮説発注モデル
・前川製作所の企業化計画モデル
・インテルのエコシステム・モデル
などを取り上げている。
知識デザインでイノベーションを起こして行くには、顕在化されていないニーズを把握する、つまり、本質的な価値を求めるデザインマインドが重要であ るが、そこに求められるデザインマインドは、人間中心思考であるというのが本書の指摘だ。つまり、人間の本質的価値からイノベーションを出発し、社会に役 立つ、最適の価値を生み出さなくてはならないという。特に、21世紀においては、サスティナブルなマインドが重要になる。
本書の後半は、デザイン思考の実践に必要なスキルについて実践的な解説をしている。まず、社会的ニーズを的確に実現していくには、コンセプトが極めて重要である。本書では、知識デザインのプロセス
観察 → 概念化(仮説) → プロタイピング(実践)
が基礎になると述べている。つまり、観察がコンセプトメイキングの鍵を握っており、そのためには、定性的研究方法論をうまく活用する必要がある。本書が推奨するのは
・エスノグラフィー
・グラウンデッド・セオリー・アプローチ
・ナラティブベース・メディシン
の3つの方法論である。
次はビジネスモデルのデザインについてである。本書はビジネスモデルを
レイヤ1:顧客との関係性や顧客の経験の「価値」
レイヤ2:サービス(コトとモノ)提供、財務的(カネ)な関係性
レイヤ3:ビジネスやこれらの関係性を支える能力・資産・資源
の3レイヤで捉えている。その上で、このレイヤの相互作用で
顧客・顧客価値
→顧客価値の提供の仕組み
→能力・資源の関係性の構築
→財務的な仕組み
の純にビジネスモデルをデザインすることを提案している。また、ビジネスモデルのデザインに使えるパターンやアイデアについて紹介している。
3つめのスキルはシナリオのデザインである。シナリオデザインは、時間軸にそって場面(空間)が展開する筋書きのデザインである。特に、変曲点でどのようにシナリオをデザインするかはサスティナビリティの観点から重要である。
シナリオプラニングにおいて重要なことは
・予測は当たらないもの
・「もし~だとしたら」は呪文
・世界制作
の3つである。また、シナリオプラニングは
不確実・重要な変数
→ 不確実要因のクラスター化
→要因群の組み合わせによる可能な論理の発見
→ナラティブの吟味・判断
の流れで行うとよいとしている。
本書は、冒頭に紹介したように、知識創造理論としての知識デザイン、デザイン思考という位置づけでデザイン思考を解説しているが、何度か読み直して いるうちに、本書の議論の別の視座はエンツォ・マーリのプロジェクトデザイン論ではないかと思うようになった。つまり、デザイン思考とはプロジェティスタの思考そのものではないかと思うに到った。そのような意識を持ちながら読み直してみると、すっと腑に落ちた。
エンツォ・マーリ(田代 かおる訳)「プロジェクトとパッション」、みすず書房(2009
https://mat.lekumo.biz/books/2009/02/post-d583.html
ということで、ビジネス書の杜的には、プロジェティスタ必読の本だというまとめをしておきたい。
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