【プロデューサーの本棚】イノベーションのDNA
クレイトン・クリステンセン、ジェフリー・ダイアー、ハル・グレガーセン(櫻井 祐子訳)「イノベーションのDNA 破壊的イノベータの5つのスキル」、翔泳社(2012)
「イノベーションのジレンマ」で破壊的なイノベーションによって優位を脅かされる企業がイノベーションにおいて陥る落とし穴を示し、「イノベーションの解」で破壊する側からの視点で行動指針を示したクレイトン・クリステンセン博士が、イノベーションを実行する人と組織に着目し、その要件をまとめた一冊。特に本書で取り上げられているイノベータはアップルだとか、アマゾン、グーグルなど、いま旬の企業が多く、読み物としても面白い。
◆イノベータの5つのスキルと活動動機
本書の前半は個人に焦点を当てている。破壊的イノベーションを起こすイノベータには、5つのスキル(発見力)がある。一つは一見、無関係に見える問題やアイデアを結び付ける認知的スキル「関連づける力」である。そして、残り4つは行動的スキルで、「質問力」、「観察力」、「ネットワーク力」、「実験力」である。この5つが合わさり、組成されるものをイノベータDNAと名付けている。
イノベータは一般的な経営幹部より、質問、観察、ネットワーキング、実験の4つの行動に時間を費やす。それは、イノベータが共通的に持つ2つの動機による。
・現状を変えたいという意志に燃える
・こうした変化を起こすためのスマート・リストを取る
◆関連付ける力
それでは、発見力の一つ一つを見ていこう。まずは関連付ける力だ。
本書でもっともイノベーティブな企業として評価されているセールスフォースのマーク・ベニオフは、ソフトウエアのキャリアを積んできた。そこに、アマゾンやイーベイの台頭を目の当たりにしたときに、企業向けソフトウエアとアマゾンの融合を思いつく。これまでのCDで提供し、時間をかけてインストールするのではなく、インターネットを通じてソフトウエア(SaaS)を提供するものだ。これによって、中小企業を中心に、営業管理と顧客関係管理のソフトウエアを提供することに可能性を感じる。アマゾンとソフトウェアという一見、無関係なものを関連付け、新しいサービスを開発し、大成功をおさめた。
関連付ける力を伸ばすためのトレーニングとして、有効なのは以下のようなものだ。
(1)新しい関連付けを強制する
(2)別の会社に成りすまして考える
(3)たとえを考える
(4)面白箱を作る
(5)スキャンパー(オズボーンの提唱した発想法)
◆質問力
二番目の発見力は質問力だ。イノベータは、今どうなのか(現状)とこれからどうなるか(可能性)について理解を深めるために、型破りの質問をする。質問力を駆使することによってクライアントとともに洞察を生み出したのは、ベイン&カンパニー会長のオリット・ガッディッシュだ。彼女は大学院を卒業して、鉄鋼メーカのコスト削減と競争力維持のコンサルティングを担当した。そこで、クライアントに矢のような質問を浴びせ、無理だと思い込んでいるクライアントに鋳造プロセスを変えさせることでミッションを達成した。
質問にはいくつもの種類がある。
方法1:「今、どうなのか?」を質問する
方法2:「なぜ、こうなったか?」を質問する
方法3:「なぜなのか?」、「なぜ違うのか?」を質問する
方法4:「もし~だったら」の質問する
などだ。ただし、質問だけでイノベーションを起こすことはできない。質問は必要条件にすぎないことはよく認識しておく必要がある。
質問力を高めるには以下のような方法が有効だ
(1)「質問ストーミング」を行う
(2)質問思考を養う
(3)自分のQ/Aレシオを作る
(4)質問ノートをつける
◆観察力
次は、観察力。イノベータは周りの世界を注意深くうかがい、物事の仕組みを観察しているうちに、うまくいっていないところを見つける。たとえば、世界で一番安い自動車、タタ・ナノが生まれたきっかけは、ラタン・タタが、ある土砂降りの雨の日に、中下流階級の男性がスクーターを運転し、前のハンドルに年長の子が立ち、後ろの荷台に妻が子供を抱えて乗っているのを見て、安全なスクーターを開発する必要を感じたところに端を発する。そしてスクーターではできないことが分かり、タタ・ナノが生まれた。
観察にあたっては、「用事」とそれを片づけるための良い方法を探すことが基本である。そのために、
・顧客がどのような用事を片づけるためにどのような製品を使っているかを積極的に観察する
・意外なことや普通でないことに注目する
・新しい環境の中で観察する機会をみつける
といった方法が有効である。観察力を高めるには、以下の方法が効果的だ。
(1)顧客を観察する
(2)企業を観察する
(3)琴線に触れたものを観察する
(4)五感をフルに活用して観察する
◆ネットワーク力
次はネットワーク力だ。イノベータが枠にとらわれない考え方をするには、自分のアイデアとほかの枠を足場とする人のアイデアを結びつけなくてはならないことが多い。RIMという小さな会社のマイケル・ラザリディスがアイデアを求めて見本市に顔を出したとき、GMのラインの大型LED表示機のプロジェクトしか取り組んでいなかった。見本市で、ドコモがコカ・コーラのために開発した自販機から補充の信号を送る無線通信システムを見る。そこで、ラザリディスはコンピュータにばかりとらわれてはならないことに気づき、双方向のポケットベルを開発する。これが、RIMを大企業にしたブラックベリーの原型である。
ネットワーク力を高めるには、以下のような方法が有効だ。
(1)ネットワークの幅を広げる
(2)「食事時のネットワーク」の計画を作る
(3)来年は少なくとも2回は会議に参加する
(4)創造の場をつくる
(5)外部から人を招く
(6)合同研修を行う
◆実験力
最後は実験力だ。実験力が重要なのは、実験だけが将来成功する手がかりを得るもっとも有力な方法だからだ。アマゾンのジェフ・ベゾスは創業の年にビジネスモデルを考え、稼働率が10%にも満たない巨大な倉庫を作った。壮大なる実験であり、現実はビジネスモデルも変わった。それに懲りず、2007年にはキンドルという電子書籍端末を世に出す。ベゾスはこのように実験に繰り返しで成功をおさめていく。
実験には3つの方法がある。
・さまざまな試みを通して新しい経験をする
・ものを分解する
・実証実験や試作品を通してアイデアを検証する
3つ目の実験が一般的なイメージであるが、ベゾスが取り組んだ実験である一番目が意外と重要である。
実験力を養うには以下のような方法が効果的である。
(1)物理的障害を越える
(2)知的境界を超える
(3)新しい技術を身につける
(4)製品を分解する
(5)試作品を作る
(6)新しいアイデアを試験的に導入する
(7)トレンドを探す
◆イノベーティブな企業のDNA
以上がイノベータ個人のDNAだが、企業にもDNAがある。イノベーティブな企業のDNAは
(1)人材
(2)プロセス
(3)哲学
に組み込まれる。イノベーティブな企業には以下のような特性がある。
人材については
・経営陣が自らイノベーションの指揮を執り、発見力に優れている
・イノベーションプロセスのすべての管理者レベル、事業分野、意思決定段階に、発見力の高い人材がバランスよく配置されている
といった特性がある。次に、プロセスについては
・従業員に、関連付け、質問、観察、ネットワーキング、実験を促すプロセスがある
・発見志向の人材を採用、養成、優遇し、昇進させるためのプロセスがある
といった特性がある。さらに、哲学として
・イノベーションは全員の仕事であって、R&D部門だけの仕事ではない
・破壊的イノベーションの積極的に取り組む
・適切な構造を持った少数のイノベーションプロジェクトを多用する
・イノベーションの追及においてはスマートリスクを取る
といったものを持っている。
読んでみると、ある意味でそんなに驚くことではないが、イノベータのコンピテンシーはあまり明確になっていないし、個人と企業の関係もあまり明確になっていない中で、これだけの体系を作りこんでいるのは素晴らしいと思う。
この本はこれから長く、イノベータのコンピテンシーのバイブルになると思われる。
コメント