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2013年7月28日 (日)

【プロデューサーの本棚】インテグレーティブ・シンキング

4532314704_2ロジャー・マーティン(村井 章子訳)「インテグレーティブ・シンキング」、日本経済新聞出版社(2009)

AかBか、二者択一を迫られることは実に多い。そこで、AとBの合理的な比較をし、どちらかを選ぶ。当然、その選択はメリットは大きいが失うものはある。このような意思決定でいいのだろうか?これが「インテグレーティブ・シンキング」の問題意識である。

この本を通してインテグレ―ティブシンキングの問題意識やメリット、思考方法に説明をするために、いくつかの例が紹介されている。


一つはフォーシーズンを創り上げたイサドア・シャープ。シャープは、小さなモーテルから事業を始める。それに成功し、次に大規模な複合ホテルを手 にいれる。アットホームな小型のホテルと、施設の充実した大型ホテルはいずれも代表的なホテルのモデルだったが、いずれにも不満を感じていたシャープは、 両社のメリット、つまり、モーテルのあたたかいもてなしと、大型ホテルの利便性の両方を合わせもつようなホテルモデルを求めた。そうして生まれてきたのが フォーシーズンだった。

二つ目の事例は、P&Gの名経営者アラン・ラフリーの例。ラフリーは、P&Gの業績が最悪の状況でCEOに就任し た。業績の悪化の原因は、スーパーがプライベートブランドを開発し、低価格で展開していることだという意見が多かったが、一方で、イノベーションができな くなっており、商品競争力が失われているという意見もあった。ここで、ラフリーのとった策はコスト低減でも新製品開発の強化でもなかった。一方で、コスト 低減に徹底的に取り組み、一方でイノベーションを強化したが、そこでイノベーションのコストダウンに取り組んだ。そのための方策として、重要性の低いイノ ベーションを外注するという常識はずれの策をとった。

三つ目の事例は、レッドハットのボブ・ヤングである。この事例は前の二つほど有名で はないかもしれないが、レッドハッドはリナックス系のソフトウエアビジネスで世界トップに上り詰めた企業である。ソフトウエアビジネスには、マイクロソフ トやオラクルのような独占的ソフトウエアを開発するモデルとフリーソフトウエアを開発するモデルしかなかった。ヤングはどちらのモデルにも満足せず、オー プンソースの支持者としてソフトウエアを無料で提供する一方で、独占的ソフトウエアに倣い、サポート提供から収益を上げるビジネスモデルを創り上げ、法人 向けのサポートの独壇場とした。

この3つの事例に共通するのが、インテグレ―ティブシンキングである。ロジャー・マーティンによるとインテグレ―ティブシンキングとは

インテグレ―ティブ・シンキングとは、そう反するそう反する二つの考えを保持し、対比させ、二社選択を避けて、両者の良さを採り入れつつ両者を上回る新しい解決に導くプロセス

であるとしている。ロジャー・マーティンは意思決定のステップを

(1)重要なファクターを抽出する
(2)ファクター同士の関係を分析する
(3)検討する
(4)決定する

というものである。この4つのステップにおいて、ロジカルシンキング(L)とインテグレ―ティブシンキング(I)は以下のような違いがある。

(1)重要なファクターの抽出
L:重要なファクターを絞り込む
I:幅広く多様なファクターに目を配る

(2)ファクター同士の関係を分析する
L:直接的な因果関係を探し、関係性を単純化する
I:複雑な関係性を深く掘り下げる

(3)検討する
L:優先順位を決め順番に検討する、または、担当を決め個別に検討する
I:つねに全体を頭に入れて細部を検討する

(4)決定する
L:妥協もやむ得ないと考える
I:妥協せず最適解を追求する

イ ンテグレ―ティブシンキングを行うには、重要なポイントが3つある。一つは、既成のモデル(ファクトリーセッティングと呼んでいる)を絶対視しないこと だ。もう一つは単純化をしないことだ。最後の一つは、楽観的な視点を持つことだ。この3つについては上の3つの事例を使いながら、どのように実行していた かを解説している。

この3つのポイントも含めて、インテグレ―ティブシンキングの達人は

・既存のモデルが絶対だとは考えない
・相反する選択肢や対立するモデルの存在は問題解決にとって有益であると考える
・よいモデルは必ず存在する、見つかっていないだけだと考える
・自分はよいモデルを発見し、実行する能力があると考える
・混沌を恐れず、複雑さの中でこそよりよい答えが発見できると考える
・よりよいモデルにたどり着くまでに時間がかかってもあきらめない

の6つの特性があると指摘している。また、達人は3つの武器を使いこなす。

・発想推論
・因果モデリング
・共感型質問

である。インテグレ―ティブシンキングを成功させるには、6つの特性と3つの思考法だけでは不十分であり、最後の要素として経験の蓄積と、経験からの学習が必要であるとしている。

二者選択ではだめだ、統合が必要であるというのはいろいろな人が言っているが、これまで具体的な方法論を述べた本は現時点でもない。その意味で、非常に貴重な本である。

この本だけではまだ抽象的であるが、この本にある3つの事例を使ってじっくりと読み込み、思考を巡らすことによって疑似的な経験をしていくことがインテグレ―ティブシンキング習得の近道かもしれない。

この本でも指摘されているように、意思決定の中で統合して、新しい選択肢を創るという思考はどんどん重要になってきた。スパッと切り捨てることは気持ちがいいかもしれないが、じっくりと考え、粘り、新しい選択肢を創造することができる人がこれからは求められる。そのあめの必須スキルだ。

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