【プロデューサーの本棚】リーン・スタートアップ ―ムダのない起業プロセスでイノベーションを生みだす
エリック・リース(伊藤 穣一解説、井口 耕二訳)「リーン・スタートアップ ―ムダのない起業プロセスでイノベーションを生みだす」、日経BP社(2012)
リー ンスタートアップとは、早期についてくれた顧客から意見を求め、顧客の望みを中心に、決して顧客の意見を聞かず、ユーザで実験を行いながら意思決定を科学 的に行いながらスタートアップを行う方法である。本書はリーンスタートアップについて、考案者であり、IMVUで成功をおさめたエリック・リースがそのポ イントをまとめた一冊。
リーンスタートップには5つの原則がある。
1.アントレプレナーはあらゆるところにいる
2.起業とはマネジメントである
3.検証による学び
4.構築-計測-学習
5.イノベーションアカウンティング
本書はこれらの原則について、ビジョン、舵取り、スピードアップの3部に分けて解説している。
ビジョンでは、スタートップとは何かを定義し、スタートアップの前進度合いを計る新しい方法(学びによる検証)を提示する。
舵取りでは、コアとなる構築-計測-学習フォードバックループをなぞる形でリーンスタートアップ方式を細かく検討している。
スピードアップでは、リーンスタートアップをスケールアップする場合も含めて、構築-計測-学習ループをできるだけ早く回す方法を検討している。
リー ンスタートアップとは、トヨタのリーン生産方式にちなんでいす。リーンの考え方は、独自の指標により、価値を生み出す活動とムダをはっきりと区別する。こ の考え方をスタートアップに持ち込み、独自の計測の基準として、「検証による学び」を単位として進捗を計測する。簡単にいえば、顧客に何かを提供し、失敗 すれば学びが起こる。その学びの量こそが進捗であると考える。したがって、できるだけ早く失敗を繰り返すことによって、スピードを上げることができる。 リーンスタートアップでは、この学びが成功を生み出す、つまり価値をもたらすと考えている。
たとえば、あるスタートアップは、新製品に何 百万人という規模で顧客がつくと予想していた。立ち上げは世の中で注目を集め、計画どおりの滑り出しだった。しかし、顧客は予想ほど集まらず、その時点で インフラストラクチャーと人員、サポートについて想定顧客に対応できる規模を用意していた会社は状況の変化に対応できずに終わった。
これ に対して、リーンスタートアップは、さまざまな仮説に基づく計画を立てるのではなく、目的を決め、構築-計測-学習というフィードバックループをハンドル して継続的に調整を行う。まず、最小単位の製品を提供する。その上で、顧客の反応をみたり、意見を聞く。そして、自分たちの考えと顧客の反応が違えば、失 敗と考え、学習をし、新しい製品を構築する。
目的はスタートアップの目指すところであり、ビジョンと呼ばれる。そして、そのビジョンを実 現するために、戦略を立てる。戦略とは、具体的には、ビジネスモデル、製品ロードマップ、提携企業、競合企業の視点、予想される顧客などの項目で構成され る。そして、戦略から成果物として製品が生み出される。
製品は失敗を繰り返しながら、最適化されるようにどんどん変化していく。ここで、 戦略も変化することがある。製品が最適化できない場合だ。失敗を繰り返しても、製品が最適化できない場合には、どこかのタイミングで、戦略を変える必要に 迫られる。ビジネスモデルを変える、顧客を変えるなどだ。これをピボットと呼ぶ。
これに対して、ビジョンは変わらない。製品の仕様を変える、戦略を変えるなどを繰り返しながら、最終的にビジョンを実現するのがリーンスタートアップである。
リー ンスタートップには、いくつかの重要な概念がある。まず、リーンの根幹である価値と無駄である。リーンな考え方における価値とは顧客にとってのメリットで あり、それ以外はすべて無駄であると考える。しかし、製造業と異なり、スタートップの場合、顧客が誰なのかわからない。したがって、顧客が何に価値を見出 しているかもわからない。従って、顧客のメリットが価値であるという定義はできない。
そこで、価値の定義を見直す必要がある。それは、何が顧客にとっての価値を生み出すかについての学びである。この学びにつながらないものはすべて無駄であると考える。
これは、戦略を検証することに他ならない。戦略のどの部分が優れていてどの部分が狂っているかを検証する実験である。実験では、まず、何が起きるのかを予想する仮説を組み立てる。次に、予測と実測を比較する。
たとえば、ザッポスは、靴をオンラインで買う客がいるという仮説を立てた。そして、仮説の検証のために、近所の靴屋に頼んで、それを誰かが買ってくれたら店の売値で買うからといって在庫品の写真をとり、ウェブに掲載し、販売実験をした。そして、以下のことを学んだ。
(1)顧客の望みについて精度の高いデータが得られた
(2)現実の顧客とやりとりする位置に自らを置き、顧客のニーズを学んだ
(3)顧客が予想外の行動をする場合、たずねようととも思わなかった情報を得た
ザッ ポスはこの実験から、顧客が靴を買うという定量的な結果を得た。検証する仮説はもっともリスクが大きく、すべてを支えることになる。これを挑戦の要と呼ん でいる。仮説の段階をクリアしたら、構築-計測-学習の第一ステップである構築に入る。ここでのキーコンセプトは「MVP(実用最小限の製品)である。構 築-計測-学習のループを回せるレベルの製品で、最小限の労力と時間で開発できるものだ。MVPで計測をするが、ここでも重要な概念がある。革新会計と呼 ばれるものだ。会計といっても管理会計や財務会計ではなく、エンジンのチューニングが成果を上げているか否かを定量的に測れ、また、学びの中間目標を設定 することもできる。これにより、進捗を客観的に測ることができる。
そして、このループを回していく上でもっとも重要なのが、上で説明したピボットである。構築-計測-学習のループを回り終えたときには、必ず、いままでの戦略を維持するか、方向転換するかという問いに答えなくてはならない。
ピボットにはいくつもの種類がある。
・ズームイン型
・ズームアウト型
・顧客セグメント型
・顧客ニーズ型
・プラットホーム型
などである。
最後の問題は、スピードアップである。スタートアップは一般的に、大きくなると敏捷でなくなると考えられている。敏捷性を保つために必要なことは、ひとまとめに処理するバッチサイズをできるだけ小さくすることである。
次に、持続的成長を考える。持続的成長とは
過去の顧客の行動が新しい顧客を呼び込む
ことだ。たとえば、
・クチコミ
・製品の利用に伴う効果
・有料広告を通じて
・購入や利用のリピートを通じて
などだ。また、成長のためには、イノベーションが欠かせない。成長につれて、革新と業務のバランスが問題になる。その中で、イノベーションを続けるには、イノベーションの力がみんなの見ている前で効果的に機能することを見せる仕組みを作ることだ。
リーンスタートアップとは、組織作りであると考えているだけあって、全体的に非常に合理性のあるイノベーションマネジメント論である。アジャイル、リーン、デザイン思考などで製品開発を行う場合に、マネジメントのフレームワークとしてリーンスタートアップは有効だろう。
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