【プロデューサーの本棚】学習する組織――システム思考で未来を創造する
ピーター・センゲ(枝廣 淳子、小田 理一郎、中小路 佳代子訳)「学習する組織――システム思考で未来を創造する」英治出版(2011)
ビジネス書の杜10年間でもっとも売れた書籍、ピーター・センゲのFifth Disciplineの第2版の邦訳。20年前に出版された第1版と較べると、より哲学的になり、より具体的になってきたような印象がある。第1版を読ん だときには、かなり衝撃的だった。しかし、第2版を改めて読んでみると、断片的には常識だと思えるような部分が数多くあるのが印象的だった。この20年間 のセンゲの活動の成果であり、マネジメントに対する常識の変化なのだろう。
◆構成
第2版は5部構成になっている。第1部では、われわれを取り巻く現実と、それをいかに変えることができるのかという議論をしてい る。第2部はシステム思考の解説。第3部はシステム思考を除く学習する組織の4つのディシプリン、自己マスタリー、メンタルモデル、共有ビジョン、チーム 学習の説明と、システム思考との関係について述べられている。第4部が素晴らしい。150ページ以上に亘って実践事例を紹介している。そして、第5部はイ ンプリケーション。また、付録に学習のディシプリンの視点を変えた解説、システム原型、そして、Uプロセスの簡単な説明が収録されている。
工学技術の場合、あるアイデアが発明からイノベーションに変わるとき、さまざまな「要素技術」が一体になる。学習する組織も今、そのような時期にあり、
・システム思考
・自己マスタリー
・メンタル・モデル
・共有ビジョン
・チーム学習
の5つの要素技術が徐々に一体化し、学習する組織をイノベーションしつつある。
工 学のイノベーションの場合の技術に相当するものは、人間の挙動におけるイノベーションでは「ディシプリン」である。ディシプリンとは、実践するために勉強 し、習得しなければならない理論と手段の体系であり、あるスキルや能力を手に入れるための発達上の経路である。したがって、ディシプリンを実践すること は、一生涯学習者になることを意味する。
◆ディシプリンとは何か
学習する組織においては、5つのディシプリンが 一つの集合体として機能することが非常に重要である。各ディシプリンを統合し、融合させて一貫性のある理論と実践の体系をつくるのが、システム思考という ディシプリンである。ただし、システム思考がその潜在能力を発揮するためには、共有ビジョンの構築やメンタルモデルへの対処、チーム学習や自己マスタリー というディシプリンが必要である。
ディシプリンを実践する際に、組織が「学習障害」があることが多く、まずは、学習障害を認識しなくてはならない。主な学習障害には以下の7つがある。
・私の仕事は○○だから
・悪いのはあちら
・先制攻撃の幻想
・出来事への執着
・ゆでガエルの寓話
・「経験から学ぶ」という妄想
・経営陣の神話
センゲはディシプリンが、これらの学習障害の「解毒剤」の役割も果たすだろうと言っている。
◆システム思考
さて、ディシプリンの中核となるシステム思考には、法則がある。
・今日の問題は昨日の「解決策」から生まれる
・強く押せば押すほど、システムが強く押し返してくる
・挙動は悪くなる前に良くなる
・安易な出口はたいてい元の場所への入り口に通じる
・治療が病気より手におえないこともある
・急がば回れ
・原因と結果は、時間的にも空間的にも近くにあるわけではない
・小さな変化が大きな結果を生み出すかの可能性があるが、最もレバレッジの高いところは往々にしてもっとも分かりにくい
・ケーキを持っていることでもできるし、食べることもできる。しかし、今すぐではない
・一頭のゾウを半分に分けても、二頭の小さなゾウにはならない
・誰も悪くはない
ここで、システム思考の中で「レバレッジ」という概念があることに気を留めておいてほしい。システム思考では小さな、的を絞った行動を正しい場所で行えば、持続的で大きな改善を生み出すこともあり得ると考える。この原則を「レバレッジ」と呼ぶ。
システム思考のディシプリンの本質は、
・線形の因果関係の連なりよりも、相互関係に目を向ける
・スナップショットよりも、変化のプロセスに目を向ける。
の2つにあり、この2つの意識変容のために、自己強化型フィードバックプロセス、バランス型フィードバックプロセス、および、フィードバックプロセスに伴う遅れに注目する。そして、レバレッジの一つは遅れを最小化することである。
シ ステム思考が行動変容に効果的な理由は、われわれは気づかない構造の中に支配されている可能性があるからだ。つまり、特定の型の構造が存在し、繰り返し起 こっている。この型をシステム原型という。システム原型により、支配されている構造に目を向け、その構造の中のレバレッジを見つけることができるようにわ れわれの認識を修正できる。
システム原型として頻繁に起こり、複雑な状況を理解する足掛かりになるものに
原型1:成長の限界
原型2:問題のすり替わり
の2つがある。成長の限界は、自己強化型のプロセスが望ましい成果を生み出すように働き、成功の好循環を作り出しているが、気づかないうちに、その成功を減速させる副次的な影響を生み出す構造だ。
問題のすり替わりは、根底的な問題に対処するのが難しいときに、問題の負担を他の解決策(応急処理)をとることにすり替える。そして、見かけ上は症状がよくなり、そのシステムは根底にある問題を解決するために持っていた能力を失う。
◆自己マスタリー
次に、システム思考以外のディシプリンを簡単に説明しよう。まず、自己マスタリー。自己マスタリーは個人の成長と学習のディシプリンである。自己マスタリーに達した人は人生において自分が本当に求めている結果を生み出す能力を絶えずのばしていく。
自己マスタリーがディシプリンになれば、
・自分にとって何が重要かを絶えず明確にする
・どうすれば今の現実をもっとはっきり見えることができるかを絶えず学ぶ
の2つが具現化される。自己マスタリーのモデルは、ビジョンと現実を明確に対置させたときに、生まれる創造的緊張(クリエイティブ・テンション)をどう生み出し、どう維持するかを学習することにある。
自己マスタリーのディシプリンは
・個人ビジョン
・創造的緊張の維持
・構造的対立への対処
・潜在的意識の活用
などである。システム思考は自己マスタリーに、理性と直感を統合するカギを握っている。
◆メンタル・モデル
次 に、メンタル・モデルだ。マネジメントにおいて、素晴らしい考えが実行されない、見事な戦略が行動につながらないといった原因はメンタル・モデルにあると いう認識が広まっている。つまり、それまでなじんでいるイメージと新しいイメージが対立するから、あと一歩のところで失敗する。メンタル・モデルを管理す るディシプリンは、世界はこういうものだという頭の中のイメージを浮かび上がらせ、検証し、改善する。メンタル・モデルの管理においては、探求と主張のバ ランスをとるディシプリンが重要である。
メンタル・モデルの管理がないと、システム思考から導かれた変化も、凝り固まったメンタル・モデ ルが妨げてしまう。マネジャーは今のメンタル・モデルから振り返ることと学ばなくてはならない。そして、システム思考の観点からメンタル・モデルの弱みを 探し、効果的な決定をするためのメンタル・モデルを表面化させたのちに、改善の必要を探すとよい。
◆共有ビジョン
三 番目は共有ビジョン。共有ビジョンは学習する組織にとって不可欠なものだ。共有ビジョンがあることによって学習の焦点が絞られ、そして学習のエネルギーが 生まれる。学習する組織が重視する生成的学習は、人々が自分にとって意味のあることを成し遂げようと懸命に努力しているときにのみ起こる。
共有ビジョンを築くためには、
・個人的ビジョンを奨励する
・個人ビジョンを共有ビジョンに昇華させる
・ビジョンを普及させる
・ビジョンを一連の経営理念に定着させる
などのディシプリンが必要である。
もし、共有ビジョンがシステム思考なしに実践されたとすれば、それは、今の現実がどのように構成されているかがはっきりしないままに作られたビジョンになり、空虚なものになるだろう。
◆チーム学習
最 後はチーム学習。チーム学習は、メンバーが心から望む結果を出せるようにチームの能力をそろえ、伸ばしていくプロセスである。チーム学習は、共有ビジョン のディシプリンの上に成り立つ。また、有能なチームが有能な個人の集まりという意味で、自己マスタリーの上になる立つものでもある。
チーム学習には
・複雑な問題を深い洞察力で考える
・革新的に、協調して行動する
・チームメンバーがほかのチームに対して何らかの役割を果たす
という3つの側面がある。そのためにチーム学習では
・ダイアログとディスカッション
・今の現実に対する対立と習慣的な防御行動
・練習
などのディシプリンが必要である。
◆実践の振り返り
第4部では、20年間にわたる実践からの振り返りを行っている。振り返りは
・基盤
・推進力
・戦略
・リーダーの新しい仕事
・システム市民
に分けて整理されている。そして、最後に、最前線の動向をまとめている。この中で、戦略はイメージを明確化するのに役立つ。以下の8つの戦略事例を紹介している。
・学習と仕事を一体化させる
・そこにいる人たちとともに、自分のいる場所から始める
・二つの文化を併せもつ
・練習の場を創る
・ビジネスの中核とつなげる
・学習するコミュニティを構築する
・他者と協働する
・学習インフラを構築する
500 ページ強に、ふんだんに盛り込まれた事例や哲学を短い記事で紹介するのは、心苦しいような本である。この記事をきっかけに、ぜひ、読んで欲しいと思う。第 1版がそうであったように、この本も読めば読むほど、新しい気づきがある。実際に、最初にざっと読み、この記事を書くときにもう一度読み直したが、多くの 箇所に新しい線を引いた。
第1版は発明の紹介であったとすれば、この本は、イノベーションのバイブルとしてまた、長く読み継がれていくだろう。
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