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2013年1月31日 (木)

【PMスタイル考】第62話:「摺合せ」神話

Suriawase◆摺合せとは

日本人のビジネスマンが好んで使う言葉の一つに、「摺合せ」という言葉があります。摺合せができる能力というのは高く評価される傾向があります。

日本語としての一般的な意味は

交渉事などで、それぞれの情報などを出しあって調整し、妥協点を見いだしてゆくこと

で、「和を以て貴しとなす」日本流のビジネスでは日常的に使われる言葉です。たとえば、落としどころを擦り合わせるとか、契約条件を擦り合わせるとかいいます。ITのように要求仕様をすり合わせるといった使い方をすることもあります。

摺合せは機械工学で専門用語としても使われ、その場合は、

機械部品の仕上げを行う場合に、部品表面が正しい均一面をもつように精密に仕上げていく作業。

を意味します。


◆新車のならし運転 今昔

今の若い人は知らないかもしれませんが、昔は自動車(新車)を買ったときに昔は慣らし運転が必要だと言われていました。これは摺合せと関係があり、アナログ時代の機械設計では設計図に基づいで模型を作り、摺合せをして組み立てていましたが十分な精度が出ませんでした。そのため、金属同士が触れ合う部分では余分な摩擦抵抗が発生し、機械が持つ本来の機能が発揮できないので、最初に慣らし運転をしてアタリをつけるようにしていたわけです。ちなみに、この摩擦抵抗のことをフリクションと言いますが、今、フリクションというと消えるボールペンは摩擦抵抗の熱でインクを透明にしているので、この名前がついています。

日本車の性能の品質が高いと言われていた一因は、摺合せ能力が高く、設計に対して精度の高いモノづくりができたことにあります。この点はあとでもう一度触れることにします。

最近の自動車では慣らし運転は必要ないと言われます。これは、摺合せがうまくできるようになったというよりは、摺合せが必要なくなったことによります。なぜ、摺合せが必要なくなったかというと、「デジタル化」されたからです。


◆最近のミニバンって家電っぽいよな

フォルクスワーゲンのCMで、家電芸人の異名を取る土田晃之さんが「最近のミニバンって家電っぽいよな」とつぶやくCMがありました。名門フォルクスワーゲンだけに、これはなかなか意味深なCMだと思います。

自動車がデジタル化されているという意味は2つあります。一つは、これまでメカで制御していた部分にどんどん、電子制御が取り入れられてることです。ブレーキや、ステアリングの自動車の主要部分が電子制御になってきています。さらに、電気自動車だとエンジンが電子化されているわけです。

そして、自動車自体がデジタルに変わっていく中で、もう一つは工法がデジタル化されてきています。デジタルの世界で設計ができ、干渉などのシミュレーションができ、設計データからそのまま加工できるわけですから、基本的に摺合せは要らないわけです。

この変化は自動車をはじめとする日本の機械産業に大きな影響をもたらしました。


◆スマイルカーブ

みなさんは、「スマイルカーブ」という言葉をご存じでしょうか。電子産業ではバリューチェーンにおいて、上流工程(商品企画や部品製造)と下流工程(流通・サービス・保守)の付加価値が高く、中間工程(組立・製造工程)の付加価値は低いと言われています。

これらの付加価値を線で結んで図形にすると、両端が上がっていて中央部が下がったものになりますが、これが「スマイルカーブ」と呼ばれる収益構造を示すモデルです。たとえば、アップルは上流の製品企画を徹底的に行うと同時に、下流の流通にもアップルストアの強化などで力を入れています。逆に組み立ては製造はほとんど外部パートナーを使っています。まさに、スマイルカーブで、これによって高い収益を実現しているわけです。

ところが、日本の製造業の収益構造はこの真逆だと言われています。2005年の「もの作り白書」では、以下のように説明されています。

「我が国の製造業企業は総じて、各部門間の情報共有と調整によって、市場変化に迅速に対応し、最適な部材調達と生産管理を行った結果、在庫管理などが徹底され効率的な生産が行われているため、製造・組立が最も利益率が高くなっていると認識しているものと考えられる。」(2005年版ものづくり白書)

要するに、適切に摺合せを行うことによって、中間工程の収益率が最も高いと言っているわけです。事実、このあたりまではアナログの時代だったので、その通りだったのだと思います。ところが電子産業ではスマイルカーブが基本で、つまり、モノづくりがデジタル化されると製造業の収益構造もスマイルカーブになってきているわけです。これが、デジタル時代になって製造業の地位が下落してきた原因だと言われています。


◆垂直統合と水平統合

これに相俟って、デジタル化の理由になっているグローバル化の問題があります。製造業のデジタル化はグローバル化と不可分です。デジタル化できないとグローバル化できないからです。ここにもう一つのキーワードがあります。それは垂直統合と水平統合です。

垂直統合とは、特定企業が、自社の製品やサービスを市場に供給するためのサプライチェーンに沿って、付加価値の源泉となる工程を企業グループ内で連携して、経営資源を補いながら特定事業ドメインの上流から下流までを統合して競争力を強めるビジネスモデルです。日本の製造業はこれまで垂直統合モデルでもの作りをしてきました。だから、中間工程が強いし、逆に摺合せによって強かった中間工程を守るために垂直統合してきたともいえます。

ところが、グローバルな展開の中では垂直統合は地理的な制約があるので、不利になります。そこで、グローバル企業はバリューチェーン上に定義される特定の工程で、それを提供する複数の企業グループが一体化する水平統合を行うのが一般的です。その代表はアップルで、世界中の企業から優れた部品をかき集めることによって一つの製品を作っています。これは、デジタルで摺合せが要らないからできるわけですが、このような体制を作ると、収益構造はスマイルカーブになるわけです。これは感覚的にわかりますよね。


◆摺合せ神話はどうなる

日本の企業はまだ、垂直統合にこだわっているように見えますが、その背景に摺合せに対する信仰があるのではないかと思います。この10年くらい世界的には対話が注目されるようになり、ビジネスの中の摺合せの重要度は増しています。ただ、このことと仕様に対する摺合せは別の問題で、仕様に対する摺合せの必要性はどんどん低くなってきています。この中間的なところにあるのが、実はソフトウエアです。ソフトウエア産業における摺合せは必要なのか、必要ないのか。この問題は興味深い問題です。

僕はソフトウエアにおける摺合せはこれからも必要だと思っていますが、理由を述べると長くなるので、この議論は別の機会にしたいと思います。

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