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    <title>コンセプチュアル・マネジメント: 「守破離」のプロジェクトマネジメント</title>
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    <updated>2010-04-13T12:03:59+09:00</updated>
    <subtitle>マネジメントの本質を考え、イノベーションやプロジェクトの効果的な方法を提案する、コンセプチュアルリーダーのためのメールマガジン</subtitle>
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        <title>【補助線】グローバルスタンダードの幻想</title>
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        <published>2010-04-13T12:03:59+09:00</published>
        <updated>2014-07-23T16:37:45+09:00</updated>
        <summary>◆取り残されるという「勝手な思い込み」 我々のもう一つの失敗はグローバルスタンダ...</summary>
        <author>
            <name>好川哲人</name>
        </author>
        <category scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" term="★補助線" />
        <category scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" term="「守破離」のプロジェクトマネジメント" />
        <category scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" term="ディスカッション" />
        <category scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" term="マネジメント談義" />
        
        
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<![CDATA[
<div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml"><p>◆取り残されるという「勝手な思い込み」</p>
<p>我々のもう一つの失敗はグローバルスタンダードに従わないと世界から取り残されるのではないかという、勝手な思い込みしてしまったことである。これは大変な勘違いであった。文化ほど独自なものはない。文化は弱さの原因でもあるが、他の人のまねできない強さ、つまり、独自能力の原因でもある。</p>
<p>このフレーズは、加護野忠男先生の「<a href="http://mat.lekumo.biz/books/2010/04/seishin.html" target="_blank">経営の精神</a>」に出てくるフレーズである。この議論で最も念頭に置かれているのは、ＳＯＸ法による内部統制である。ＳＯＸに限らず、一般的な議論だと思うが、この議論は難しい議論である。何が難しいかというと、競争のルールをどう考えるかだ。</p><br />◆ルール変更で勝てなくなる
<p>ビジネスに限らず、スポーツ、外交など、さまざまな分野で日本のルールに対する駆け引きは下手だという指摘がある。それがもっとも顕著に表れているのがスポーツだろう。柔道のようにお家芸と言われた種目で、度重なるルール変更によってメダルが取れたら喜ぶレベルになってしまった競技もある。ジャンプや、スキー複合のように、せっかく、切磋琢磨して強くなってきたら、いきなり、ルール変更でまったく勝てなくなった競技もある。ビジネスでもこういう例はたくさんある。興味があれば、青木高夫さんのこの本を読んでみて欲しい。怒りがふつふつとわいてくるだろう（笑）。</p>
<p>青木高夫「<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4887597797/opc-22/ref=nosim" target="_blank">ずるい!? なぜ欧米人は平気でルールを変えるのか</a>」、ディスカヴァー・トゥエンティワン（2009）</p>
<p>まあ、加護野先生の言葉でいえば、そのような環境変化に愚直に対応してきたのが、今の日本を作っているということなのだろうが、、、</p>
<p><br />◆欧米と日本ではルールの決め方が違う</p>
<p>さて、ビジネスにおいてスタンダードの持つ意味は、商品、企業、国といったあらゆるレベルでの競争のルールに他ならない。つまり、ビジネスで競争をするにあたって、これだけは守りましょう。という暗黙の了解である。加護野先生の指摘は、それをグローバルスタンダードという名のもとに、欧米にコントロールされているという指摘である。青木さんも同じことを言われている。</p>
<p>なぜ、こういうことになるのか？日本におけるルールの決まり方を見ているとよく分かる。ルールを決める目的（戦略）がない。目先の問題を解消するためにルールを決めるというもっとも原始的なやり方でルールを決めていることがほとんどである。よく言えば誠実である。</p>
<p>スポーツや貿易を見ているとよく分かるが、ルールがそのように決められることは珍しくなっている。目的ありきだ。</p>
<p>目的　→　ルール　→　問題</p>
<p>というロジックになっている。競争なのであたり前だ。例えば、</p>
<p>ジャンプの日本の優位性をなくしたい（戦略）<br /> →　スキー板の長さを短くしよう<br /> →　スキー板が長いと、飛行の安全性に問題がある</p>
<p>というロジックになっているわけだ。問題があまりにもとってつけたものであれば支持されないルールになるが、残念ながら欧米のシナリオを書く能力は日本人の比ではない。</p>
<p>ところが、日本人がルールを決めるときには、</p>
<p>問題　→　ルール　→　成果</p>
<p>となる。上の場合と、この場合では、できるルールが全く違う。これがグローバルスタンダードというルールの作られ方である。</p>
<p><br />◆ルールにどのように向き合うか</p>
<p>ただし、ビジネスの競争をするのにルールを作って、そのルールを守りながら公正な競争をしようという発想自体は正当なものである。この否定は、資本主義の否定である。</p>
<p>すると、道は３つしかない。<br />（１）新しいルールで競争力を高めていく<br />（２）ルールを作る場で勝つ<br />（３）ルールができることに抵抗する<br />かのいずれかである。加護野先生の指摘は、今まで一番目の選択肢でやってきたことへの警鐘である。（２）は今後は分からないが、今のところ、アングロサクソンが世界を支配しているので、難しいと思われる。そうなると（３）しかない。（３）の先輩は中国人である。</p>
<p><br />◆プロジェクトマネジメントのグローバルスタンダードを巡る詭弁</p>
<p>前置きが長くなったが、プロジェクトマネジメントの話に移ろう。プロジェクトマネジメントの世界には、大きなルール（グローバルスタンダード）が２つある。ＰＭＢＯＫ（米国）とＰＲＩＮＣＥ２（英国）である。ずっと拮抗しながら発展していっているところに、プロジェクトマネジメントというツールの位置づけの重要性が伺われる。</p>
<p>このような情勢の中で、日本はＰＭＢＯＫに従おうとしている。ただ、ここで考えるべきなのは、そもそも、プロジェクトマネジメントのルールの目的は何かという点である。</p>
<p>例えば、ＰＭＢＯＫが注目去れ始めたときに、まとこしやかに</p>
<p>グローバルプロジェクトでは、いろいろな国の人が同じ方法で管理をしなくてはならない。だから、ＰＭＢＯＫがよい</p>
<p>と言われた。</p>
<p>これは明らかに詭弁である。どこをごまかしているかというと、透明性とオープンであることをごちゃ混ぜにしている。グローバルプロジェクトに必要なのは透明性であって、オープンであることではない。ＩＴを使った管理を前提にしているので、オープン性もある程度問題になることは理解できるが、本質的には管理はその国にあった方法で、</p>
<p>（１）アカウンタビリティの明確化<br />（２）インタフェースの統一</p>
<p>だけをしておけば、マネジメントの透明性が担保でき、協働できる。文化に根ざさないやり方など非生産的なこと、きわまりない。</p>
<p>プロジェクトマネジメント自体が目的であれば話は別だが、手段である。手段である限り、プロジェクトを成功させるという目的を達成できればよい。その場合、合理性が手段を選ぶ基準になる。ダイバーシティが求められるときに、ものごとを明確にするというのは、生産性が高いやり方とはいえない。日本流の必要な部分だけドキュメント化し、根回しで意思決定をしていくというやり方の方が遥かに合理的である。</p>
<p><br />◆一周遅れか、一周進んでいるのか</p>
<p>例えば、ドキュメント化の是非という議論があるが、信頼関係が構築されており、かつ、スピードの勝負をしているときにドキュメント化することはあまりメリットがあるとは思えない。</p>
<p>ドキュメントに記録的な意味合いがあるのであれば、各プロジェクトにエスノグラファーでもつけて記録すればよい。というのは冗談だが、例えば、７つの習慣で有名なスティーブン・コヴィーは、「スピード・オブ・トラスト」という本の中で、「信頼」がスピードを上げ、コストを下げ、組織の影響力を最大化すると指摘している。</p>
<p>スティーブン・コヴィー、レベッカ・メリル 「<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4906638740/opc-22/ref=nosim" target="_blank">スピード・オブ・トラスト</a>」、キングベアー出版（2008）</p>
<p>この考え方は、日本の企業は高度成長期の中で構築したものを、グローバルスタンダードに従うために、自ら捨ててきた考え方である。そして、仕事の仕方がだんだん、雑になって、品質が下がり、コストをかけて品質を維持するという愚か者のサイクルに入っている。<br />印象的には一周進んでいるのに、自分が信じられないで、一周遅れのランナーを一生懸命追いかけている気がする。企業が閉塞感に包み込まれた今こそ、一度、立ち止まって考えてみるチャンスである。</p>
<p>&#0160;</p></div>
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    </entry>
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        <title>【補助線】ミドルは自利を解放せよ</title>
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        <published>2010-04-04T12:40:47+09:00</published>
        <updated>2013-03-01T18:21:40+09:00</updated>
        <summary>◆自利利他 加護野忠男教授の書かれた「経営の精神」に、「自利」という言葉が出てき...</summary>
        <author>
            <name>好川哲人</name>
        </author>
        <category scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" term="★補助線" />
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<![CDATA[
<div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml"><p>◆自利利他</p>
<p>加護野忠男教授の書かれた「経営の精神」に、「自利」という言葉が出てきて、興味を持ち、いろいろと調べていたら、深い言葉だ。「自利利他」は最澄伝教大師の言葉で、利他を実践すればいつかは巡り巡って自分の利益になるというような考え方ではなく、「利他の実践がそのまま自分の幸せなのだ」のようだ。</p>
<p>辞書を引くと、宗教用語としての自利は</p>
<p>仏道修行によって自分によい果報をもたらすこと。自分の成仏を目的とすること</p>
<p>とある。同時に、「自分の利益」であり、「私利」とも書かれている。宗教用語が本来の意味だとすれば、私利と自利は逆の意味のようにも取れる。調べてみてもよく分からなかったのだが、「私」と「自」はなんとなくだが、違うようなイメージがあるからだ。ただ、私利は「私利私欲」を連想したイメージを持っているからだけかもしれない。</p><br />◆「自利」を考えて行われる行動は強い
<p>加護野先生は「自利」を考えて行われる行動は強いをおっしゃられている。松下幸之助、稲盛和夫など、多くの経営者が利益より大切な目的があると考えて行動したが、利益を軽視しているわけではなく、むしろ、徹底的に利益にもこだわっている。その理由として、営利主義のもたらす効用に</p>
<p>（１）営利へのこだわりがもたらす合理的判断</p>
<p>と並んで</p>
<p>（２）自利を考えて行われる行動の強さ（本音の強さ）</p>
<p>があるからだとされている。さらに、この点についてこうも言っている。</p>
<p>自利をもとにした行動は強力なのである。仁愛は忘れれられるかもしれないが、自利が忘れられることは少ないのである（同書、57p）。</p>
<p>その例としてアメーバ経営について述べている。アメーバ経営では、</p>
<p>アメーバ間で取引が行われる。それぞれが、自分たちの採算を真剣に考えている場合にはアメーバ間の交渉は厳しくなる。その結果として売り手のアメーバは買い手の気持ちを理解し、買い手は売り手の気持ちを学べる</p>
<p><br />◆Win-Winと自利</p>
<p>と指摘する。この指摘を読んではっとしたことがある。Win-Winという関係には盲点があるのではないかと思う。</p>
<p>一般には、Win-Winという言葉は、当事者間のプラスサムを意味している。たとえば、メーカとサプライヤの取引で、メーカは部品コストを削減したいし、サプライヤは少しでも高い価格で販売をしたい。そこで、一定量の取引を前提にして、適切な取引価格に落ち着けようとする。このようなコンフリクトの解決方法は当事者間では合理性のあるものであるが、その先にある顧客との利害関係を考えると必ずしも、ベストではないかもしれない。Win-Winの関係によって、高い価格の商品を購入することになる可能性がある。</p>
<p>そんなことはない。メーカもベンダーも顧客のことを考えれば、そんな結論がWin-Winでないことは分かるはずだというご意見もあると思う。それはそのとおりである。</p>
<p>これが仁愛である。加護野先生の言葉を借りれば、「仁愛は忘れれられるかもしれない」ということだ。それであれば、自利にこだわればよい。</p>
<p><br />◆自利を解放する</p>
<p>日本のミドルは自利を極度に抑制されているのではないかと思える。逆に、仁愛が強調されるようになってきている。おそらく、トップと現場の間に日本的に収まるには、そのようない「態度」がよいと判断されているのだとも思えるし、現実には、否応なしに、そのような状態になっているようにも見える。</p>
<p>このこと自体にはいろいろな価値感や考え方もあると思う。重要なことは、「自利を考えて行われる行動の強さ」が失われていることだ。もっと深刻なのは、自利を抑制することによって、「当事者意識」が失われてしまっていることだ。</p>
<p>リーダーシップの教科書を読んでいると、メンバーの当事者意識は目的・目標に対するものであるとされる。ただし、目的・目標の設定には、メンバーを巻き込み、「自利」を反映させることが重要であるとされる。このようなリーダーシップが欠けるのも、自利の抑制があるにではないのかと思う。</p>
<p>自利を解放し、強い行動力を発揮する。ミドルマネジャーにそのような考え方が求められる時代ではないだろうか？</p></div>
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    </entry>
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        <title>【補助線】プロジェクトマネジャーの役割はプロジェクトマネジャー自身で決める</title>
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        <published>2010-03-31T15:50:02+09:00</published>
        <updated>2013-03-01T18:21:40+09:00</updated>
        <summary>◆役割と仕事の混乱 プロジェクトマネジャーの役割は何かという議論を一度、本音でし...</summary>
        <author>
            <name>好川哲人</name>
        </author>
        <category scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" term="★補助線" />
        <category scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" term="「守破離」のプロジェクトマネジメント" />
        <category scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" term="プロジェクトマネジャーの秘密" />
        
        
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<![CDATA[
<div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml"><p>◆役割と仕事の混乱</p>
<p>プロジェクトマネジャーの役割は何かという議論を一度、本音でしてみたい。多くのプロジェクトマネジャーが理解できていないし、ＰＭＯや組織もあまりよく理解できていないのではないかと思う。また、それによって、権限委譲があまり適切に行われていない、つまり、役割を果たすだけの権限が与えられていないようにも思う。</p>
<p>プロジェクトマネジャーの研修のときに、必ず、この質問をすることにしている。出てくる意見のベスト３は</p>
<p>・進捗の管理<br />・計画の策定<br />・チームビルディング</p>
<p>である（統計を取っているわけではないので、順位は分からないし、表現もまちまちであるが）。</p>
<p>こういったことはプロジェクトマネジャーがやらなくてはならないことである。それは間違いない。これは仕事（作業）であって役割ではない。まず、この認識があまりできていない。もちろん、できている人もいる。よく出てくる意見をいくつか上げると</p>
<p>・メンバーを安心して仕事ができるようにし、能力を引き出す<br />・顧客との関係を良好にする<br />・リスクに早く気付き、影響を抑える</p>
<p>といったものが多い。</p><p><br />◆プロジェクトマネジャーの最重要の役割は「自分の役割を決めること」</p>
<p>プロジェクトマネジャーのもっとも重要な役割は、「自分の役割を決める」ことである。これ以外にはないと言ってもよい。</p>
<p>プロジェクトマネジメントのガバナンス、オーナーシップの議論はあるものの、プロジェクトマネジャーに期待されていることはプロジェクトを成功させることである。そこで、考えるべきことは、そのために自分がどのような役割を果たせばよいかということだ。</p>
<p>こういう発言をするとＰＭＯなど、プロジェクトマネジメントに対して指導的な立場の人から異論を戴くことがある。これも勘違いである。プロジェクトマネジメントのプロセスなり、標準なりを決めることはＰＭＯの役割である。そこで、上に述べたような進捗管理だとか、計画だとかのやるべき仕事が決まる。これはそのとおりだ。</p>
<p>この前提で役割を果たすとは何かということを考えてみると、</p>
<p>その仕事をなんのためにやるか</p>
<p>を決めることに他ならない。</p>
<p>もっともわかりやすいのは計画作業である。非常に「やばい」プロジェクトであれば、プロジェクトマネジャーは自分の役割をリスクの防波堤とするだろう。そうすると、リスクマネジメント計画は単にチェックリスト的な意味合いよりは、もっとつっこんで、防波堤となりうるように、リスク計画だけではなく、そのほかの計画をリスクという観点から体系的に見るために計画を作る。</p>
<p><br />◆役割を決めるための権限がない</p>
<p>ただ、プロジェクトマネジャーが自らの役割を決める状況はリスクのようにある意味で単純な話だけではない。もっとも重要なのは「戦略上」の役割である。このためには</p>
<p>自分がプロジェクトマネジャーとしてどのような役割を果たせば、このプロジェクトを組織の戦略実行に少しでも役立てることができるか</p>
<p>という視座を持つ必要がある。そして、果たすべき役割を明確にし、その役割を遂行する必要がある。</p>
<p>ところがプロジェクトマネジャーがそのような役割を果たそうとしたときに、十分な権限が与えられていないケースがある。これが次の問題だ。例えば、上でリスクの防波堤の役割を果たすという話をしたが、実はリスクマネジメントというのはプロジェクトだけでは成り立たないケースが少なくない。権限の問題により、コンティジェンシーが作れないのだ。</p>
<p>その典型が人の問題である。</p>
<p>ある商品開発のプロジェクトで、競合の動向によってはプロジェクト開始当初に想定していたスペックが変わる可能性があった。プロジェクトマネジャーはそのことに気がついており、部内の計画レビューでもその議論はしていた。そして、リスク計画にもいれ、その対応として、スペック変更に対応するために必要な技術者をプロジェクトに入れることが承認されていた。スペック変更要求は予期したとおりに起こったが、エンジニアの確保ができず、結果として対応できなかなった。</p>
<p>この問題をどう捉えればよいだろうか？研修ケースとしても使っているのだが、コンティジェンシー計画が問題だという意見が多い。教科書にあるとおり、コンティジェンシー計画の実現性をきちんと検証すべきだというわけだ。</p>
<p><br />◆権限委譲に対する誤解</p>
<p>著者の見解は少し違う。これは権限委譲の問題である。と回答すると、人事権をプロジェクトマネジャーに委譲するなどとんでもないという議論になる。当然である。人事権を委譲するには仕掛けが必要である。一つの方法はリソースプールの仕組みで、必要な人材をリソースプールに入れておき、プール内の人材は、リソースマネジャーと同等な権限を与えるだけで、権限委譲が進み、コンティジェンシーが実質的なものになってくる。</p>
<p>実は、権限委譲の問題は、プロジェクトマネジメントの中で恐ろしく軽んじられている。そもそも、権限委譲という概念として、上位職の持つ権限をそのまま委譲するようなイメージをしがちだが、こんなことは不可能である。上位職の権限を使って、プロジェクトマネジャーが動けるルールを作るのが権限委譲である。</p>
<p>どのような権限が必要かはプロジェクトマネジャー自身が決める必要があり、それをプロジェクトマネジャーを引き受けるときに交渉するのだ。</p>
<p>そのように考えたときに、プロジェクトマネジャーが自分自身の役割を決めることができるようにしようときに、どのような権限を持っておけばよいはは常に考えておく必要があるといえよう。</p></div>
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    </entry>
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        <title>【補助線】失敗が「恥」と結びつく文化を克服しよう</title>
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        <published>2010-03-23T12:13:13+09:00</published>
        <updated>2014-07-23T16:37:45+09:00</updated>
        <summary>◆「２１世紀枠に負けたことは末代までの恥です」 第８２回選抜高校野球大会で監督が...</summary>
        <author>
            <name>好川哲人</name>
        </author>
        <category scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" term="★補助線" />
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<![CDATA[
<div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml"><p>◆「２１世紀枠に負けたことは末代までの恥です」</p>
<p>第８２回選抜高校野球大会で監督が騒動を巻き起こしている。騒動を起こしたのは、開星（島根）の野々村直通監督（５８）。新聞によると、３月２２日、第１試合で「２１世紀枠」の向陽（和歌山）に１―２で敗れたあとのインタビューで、「２１世紀枠に負けたことは末代までの恥です」などと発言したらしい。</p>
<p>スタンフォード大学のアントレプレナー・センターでエグゼクティブ・ディレクターを務めるティナ・シーリグ氏が自身の集中講義の内容を紹介した書籍「What I Wish I Knew When I Was 20（邦訳「<a href="http://mat.lekumo.biz/books/2010/03/innovation.html" target="_blank">20歳のときに知っておきたかったこと</a>」（阪急コミュニケーションズ、2010）」で面白い指摘をしている。</p>
<p><br /> 
</p><p><br />◆シリコンバレーはなぜ強いのか</p>
<p>シリコンバレーがなぜ、強いのかという議論の中で、</p>
<p>リスクを取ろうとする意欲と、失敗に対する反応は、国によって大きなばらつきがあります。失敗をしたときの悪い面が多すぎて、個人がリスクに対して過敏になり、どんなリスクも取ろうとしない文化があります。こうした文化では、失敗が「恥」と結びついていて、若い頃から、成功の確率が高い決まった道を歩くように教育されます。失敗したら恥をかくようなことには、挑戦しようとしません。タイのように、失敗をすると、人生をやりなおすために、名前を変える社会もあります（同書、91ページ）<br />（中略）<br />こうした文化の対極にあるのがシリコンバレーです。</p>
<p>と指摘している。</p>
<p><br />◆失敗と恥を結びつける文化を持つ国　日本</p>
<p>シーリグ氏の指摘の中に、日本の話は出てこなかったが、日本も失敗が「恥」を結びつけた文化を持つ国であることは明らかだ。野々村直通監督の発言はまさにそうだ。</p>
<p>日本人の行動基準の中で、「恥」をかくかどうかは大きなものである。「恥」をかくかどうかによって、行動するかどうかを決める。これは幼いころから刷り込まれている。親は「そんなことをしたら恥ずかしいでしょ」と子供をしつける。</p>
<p>さらにいえば、失敗したときに下のものが、自分を指導する上のものに「恥をかかした」として責任をとるといった恥文化さえある。</p>
<p>いろいろな「正当化」をしているが、失敗したくない本当の理由の大半は「恥」だと思える。</p>
<p>たとえば、会社の中を考えてみよう。主任、課長、部長と役職が上がっていくにつれて、だんだん、失敗を恐れるようになる。これは、失敗を「恥」と結びつけて考えているからだ。もちろん、本人たちの言い分は違う。「失敗の影響が大きく、責任が重くなるから」なのだが、本当にそう思うのであれば、不作為（機会損失）による失敗についてもっと敏感であるべきだからこの理屈はおかしい。</p>
<p><br />◆失敗と人格を結びつける「恥」</p>
<p>この議論の中で昔からよく言われるのが、行為と人格の混乱である。行為と人格というのは本来別ものである。行為に至った事情、環境があるからだ。犯罪のような極限の行為でも、罪を憎んで人を憎まずという。ところが、行為と人格を結びつけているものがある。それが「恥」を重んじる文化だ。</p>
<p>「恥」というのはあくまでも個人に帰属する感情である。従って、失敗が恥に結びつけられると、「あの人は失敗して、恥ずかしい人だ」という人格攻撃になる。</p>
<p>ここに会社の中で職位が絡むともっと話は複雑になる。「部長という立場にありながら、そんな失敗をするようでは、部下に恥ずかしいだろう」となる。これ、実は、親が「そんなことをしたらみんなに笑われますよ」としつけするのと同じ原理だ。</p>
<p>失敗を、恥を介して、人格の問題にされてしまうと、もう立ち直れない。再チャレンジ可能な社会を作るためには、この問題に取り組んでいく必要がある。</p>
<p>きっとここまで読んで、自分の会社では失敗に対してそんな扱いはしていないと違和感を感じていらっしゃる方もいると思う。それは僕も認識している。しかし、改めて考えてみてほしいのは、では、不作為による機会損失はないのか、あるいは、リスクを恐れて機会損失をしていることはないのかということだ。さらには、大きな失敗をした人が、その後に大きな成功をしたケースがどのくらいあるかだ。</p>
<p>不作為はなく、また、失敗した人が失敗を挽回するような仕事をしていれば、僕の勘違いである。そうであれば、このあとの部分は読む必要はないだろう。</p>
<p><br />◆負け方を知る</p>
<p>では、どうすれば恥と失敗を切り離すことができるのか？</p>
<p>興味深いのは、アスリートの世界である。外人のコーチや、海外で学んできたコーチに指導される選手が国際的な舞台でよい成績を上げている。共通して見られるのは失敗に対する対処である。試合の直後に、もう失敗を冷静に受け止め、原因を分析し、次の機会へのチャンスに変えている。優勝候補で敗れても、そのように振舞っているのはすごい。要するに、常に自分を客観化し、もう一人の自分がどうすれば最大のパフォーマンスを発揮できるかを常に考えている。程度はスポーツによると思うが、試合中もである。</p>
<p>もうひとつ、アスリートといえるかどうかわからないが、競馬の世界で第一人者である武豊騎手がスポーツバラエティ番組で面白いことを言っていた。競馬は馬８騎手２で、騎手の立場でみれば乗る馬によって成績が大きく左右される。トップの騎手でも勝率２割、つまり、５回に４回は負けている。さらに、強い馬に乗ってまけたようなケースは、負けるという結果だけではなく、馬券に投票した人に大損をさせているという事実も受け止めることになる。そこで、どのように負けるか、負けを引きずらないかが勝ち方よりも大切で、そのためには、勝ち負けにこだわらず、納得できる騎乗をすることが大切だという。</p>
<p>これは、トップアスリートを見ていても感じることだ。</p>
<p><br />◆「立場」を考えるのではなく、「役割」を考える</p>
<p>ビジネスでも同じだ。失敗するか成功するかにこだわらず、何をすべきかをよく考え、決断をすることだ。その際に常に問題になるのが、「立場」である。「立場」というともっともらしく聞こえるが、別の言葉に置き換えると「面子」である。ビジネスで「面子」の源泉になっているのは、「役職」である。さらに、企業レベルの話になってくると、社会的地位というのも問題になる。</p>
<p>役職とは本来、経験により、組織の中である「役割」であって、「立場」ではない。同じように社会的地位も社会の中の役割であって、立場ではない。これを勘違いすると、派遣切りのような行動をするようになる。失敗できないからだ。</p>
<p>もし、役職や社会的地位を立場だと考えているのであれば、「役割」だと認識すれば、明日からでも行動はがらりと変わるだろう。失敗と恥が切り離され、行為と人格がきちんと切り分けられるからだ。</p>
<p>&#0160;</p></div>
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        <title>【補助線】プロジェクトのインテグリティ</title>
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        <id>tag:bb.lekumo.jp,2003:post-49470571</id>
        <published>2010-02-02T15:20:42+09:00</published>
        <updated>2014-07-23T16:34:10+09:00</updated>
        <summary>◆リーダーの人間力 最近、人のインテグリティについて体系かつ、分析的に述べれた名...</summary>
        <author>
            <name>好川哲人</name>
        </author>
        <category scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" term="★補助線" />
        <category scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" term="「守破離」のプロジェクトマネジメント" />
        <category scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" term="プロジェクトスポンサーの秘密" />
        <category scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" term="プロジェクトマネジメントオフィスの秘密" />
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<![CDATA[
<div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml"><p>◆リーダーの人間力</p>
<p>最近、人のインテグリティについて体系かつ、分析的に述べれた名著、ヘンリー・クラウドの「Integrity」の翻訳が出た。ビジネス書の杜にも紹介記事を書いたが、プロジェクトに関わるすべての人にとって、とても大切なことが書いてある本なので、ぜひ、一読をお奨めする。</p>
<p>リーダーの人間力<br /><a href="http://mat.lekumo.biz/books/2010/02/integrity.html" target="_blank">http://mat.lekumo.biz/books/2010/02/integrity.html</a></p>
<p>さて、この記事で書こうとすることは、人のインテグリティの話ではない。人に人間性というインテグリティが必要であるように、プロジェクトにもインテグリティが必要である。プロジェクトをインテグリティという目で見ていると、インテグリティのないプロジェクトは「大きな失敗」をすることも多いし、失敗しないまでも大きな成果は得られにくい。</p>
<p><br />ヘンリー・クラウドの本の解説を借りながら、プロジェクトのインテグリティについて考えてみたい。</p><p><br />◆インテグリティとは何か</p>
<p>まず、インテグリティとは何だろうか？オックスフォード英語辞典には、</p>
<p>１．正直。強い道徳性をもっていること。高潔さ。<br />２．分断されていない全体性。（例）領土の保全と国家の主権を確保する<br />３．構造が損なわれず、統合された、健全な状態。（例）小説の統一性<br />４．電子データの内部の一貫性、損なわれていないこと</p>
<p>とある。クラウドは、インテグリティという言葉の根底にあるのは</p>
<p>全体が分断されずに統合されており、棄損されずに完全で、うまく機能している</p>
<p>ことであるという。この説明は極めて示唆的である。クラウドはビジネスパーソンのインテグリティに対して、</p>
<p>・仕事の業績<br />・人間関係</p>
<p>の２点の統合という命題を示している。たとえば、業績はよいが、社内的には強引に仕事を進めることで同僚との人間関係がよくないという社員にはインテグリティがあるとはいえないというような説明をしている。</p>
<p><br />◆プロジェクトで求められるインテグリティの例</p>
<p>プロジェクトのインテグリティとして求められるのも同じものだと思われる。</p>
<p>プロジェクトであるので、結果を出さなくてはならない。ある意味で、手段は選ばなくてもよい。５年くらい前に、コンサルティングをしているプロジェクトから、組織としての調整なしに、キーマンを引き抜かれてたいへん苦労したことがある。手段を選ばなくてもよいのは、慣例や従来の業務の進め方についてあり、明らかに他のプロジェクトへの悪影響が出てくるような手段をとってもよいということにはならない。</p>
<p>つまり、クラウド流の言い方をすれば、</p>
<p>・プロジェクトの業績<br />・組織の業績</p>
<p>が統合される必要があるということだ。</p>
<p>もう少し、別の視点から考えると、プロジェクトはなんとか目標（ノルマ）を達成したが、そこに参加した人たちは、よれよれというプロジェクトがある。これはインテグリティがあるとは言えない。そのように考えると</p>
<p>・プロジェクトの業績<br />・個人の満足度</p>
<p>も統合されるべきだろう。</p>
<p>もう少し、プロジェクトマネジメント的な部分でいえば、スコープ・コスト・納期のインテグリティという問題がある。スコープ・コスト・納期はシステムとして全体性が明確にされていなくてはならない。失敗するプロジェクトはスコープ・コスト・納期のインテグリティのないプロジェクトである。</p>
<p>あるいは、ドキュメントのインテグリティという問題もある。個別にはきちんとしたマネジメントドキュメントが作られているのだが、全体が統合されていない。したがって、ほとんどドキュメントとして機能しないというパターンだ。</p>
<p><br />◆インテグリティとは内発的なガバナンスに対するものである</p>
<p>これらはほんの一例に過ぎない。プロジェクトにはインテグリティの求められる局面や、構造がたくさんある。この議論はこれからも続けて行きたいと思うが、一旦、整理しておきたいことがある。それは、プロジェクトにおいて、人の「人間性」に対応するものはあるのか、ないのか？あるとすれば何か？という問題である。</p>
<p>プロジェクトで人間性に該当するのは、ガバナンスである。非常に乱暴にいえば、ガバナンスとはインテグリティであるといってもよいだろう。もう少し、正確にいえば、ガバナンスに対して、内的な調整をしていくのがインテグリティである。</p>
<p><br />◆インテグリティと監査</p>
<p>この意味において、インテグリティは、本来、内発的なものである。しかし、現実にプロジェクトでインテグリティを持つ上で欠かせないのが、外部的なフィードバックとしての、プロジェクト監査である。</p>
<p>プロジェクト監査とは、いうならばプロジェクトのインテグリティを実現するための活動である。これについても考えてみたい。</p></div>
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    </entry>
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        <title>【補助線】プロジェクトマネジメントとプロジェクト管理</title>
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        <id>tag:bb.lekumo.jp,2003:post-49470575</id>
        <published>2010-01-27T16:39:42+09:00</published>
        <updated>2013-03-01T18:21:41+09:00</updated>
        <summary>◆マネジャーとリーダーの違い ＰＭ養成マガジンを始めたころに、「プロジェクト管理...</summary>
        <author>
            <name>好川哲人</name>
        </author>
        <category scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" term="★補助線" />
        <category scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" term="「守破離」のプロジェクトマネジメント" />
        <category scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" term="プロジェクトスポンサーの秘密" />
        <category scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" term="プロジェクトマネジャーの秘密" />
        
        
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<![CDATA[
<div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml"><p>◆マネジャーとリーダーの違い</p>
<p>ＰＭ養成マガジンを始めたころに、「プロジェクト管理とプロジェクトマネジメントは違う」、「プロジェクトマネジャーがすべきことはプロジェクトマネジメントであってプロジェクト管理ではない」と言い続けてきた。それは言葉の遊びだと指摘されることも少なくなかったが、僕の中では明確な区別があった。そろそろ、区別を明確にしたいと思う。</p>
<p>これに関連する議論で、マネジャーとリーダーはどう違うかという議論がある。この議論は、古くから行われている。この議論のベースラインができたのは、ハーバード・ビジネススクールの名誉教授アブラハム・ザレズニック氏の論文<br />「マネジャーとリーダー：その似て非なる役割」<br />という論文だ。この論文はハーバードビジネスレビューに1977年に掲載され、当年のマッキンゼー賞を受賞し、大変有名な論文である。ザレズニック氏はマネジャーとリーダーはまったく別の人種であるとして、以下のような指摘をしている。</p><p>（１）目標の違い<br />【マネジャー】人間の欲求よりは仕事上の必要性から生じるため受動的に見える<br />【リーダー】能動的であり、個人の意志の下、積極的な態度で臨む。人々のイメージや期待を喚起し、何らかの欲求を明らかにし、目的に向かって決断することで、組織が進むべき進路を決定する</p>
<p>（２）仕事観の違い<br />【マネジャー】戦略を立案し、意志決定を下すため、人々とアイデアを結びつけ、問題解決を図る。問題解決においては矛盾する価値の間で妥協案が受け入れられるように、バランスを図る。<br />【リーダー】積年の問題に新しい方法を導入し、どのような選択があるのか議論する。</p>
<p>（３）人のつきあい方の違い<br />【マネジャー】進行中の案件のや意志決定プロセスにおける役割を果たすために他人と交わる<br />【リーダー】何らかのアイデアに興味を抱いているとき、本能的に、しかも深く感情移入して人間関係を築く</p>
<p>（４）人格特性の違い<br />【マネジャー】自らを秩序の維持者あるいは調整者と考える<br />【リーダー】自分が何者かについてどのような組織に帰属しているのか、どのような仕事の従事しているのかを全く意に介さない</p>
<p>マネジャーとリーダーは、マネジメントとリーダーシップと置き換えて読んでもいい。このあと、この議論は進展しているが、大きくは変わっていないように思う。おそらく、１９８０年には、マネジャーはマネジメントを行い、リーダーはリーダーシップを発揮することが期待されていた。</p>
<p><br />◆リーダーシップが求められるようになってきたマネジャー</p>
<p>今の時代は、リーダーに期待されるものは変わらないように思うが、マネジャーに求められるものは大きく変わっている。マネジメントに加えて、リーダーシップの発揮が求められるようになってきたのだ。それは、イノベーションであったり、あるいは、スピーディーに決めることであったりする。「プレイングマネジャー」という言葉があるが、プレイングマネジャーとは、「リーダーシップを発揮するマネジャー」のことである。プレイングマネジャーが主役になっていることがマネジャーの役割が変わってきていることを示す証拠だといえよう。その意味で、マネジメントという言葉も、単にＰＤＣＡを回す「マネジメント」ではなく、「決める」、「変える」を含んだ言葉として定着してきている。</p>
<p><br />◆プロジェクトのマネジメント</p>
<p>さて、このような背景があることを理解していただいた上で、プロジェクトにはどのようなマネジメントが必要かを考えてみよう。</p>
<p>まず、一つは、プロジェクトの実行戦略を立案し、プロジェクトの意志決定を下すため、メンバー・ステークホルダやアイデアを結びつけ、問題解決を図ることである。要するに、計画を作って、その計画に基づいてプロジェクトをコントロールしていく役割である。</p>
<p>ただし、これだけではなくリーダーシップも求められることが多い。問題に合理的な解決策がない場合には、リーダーとして自分の考えで、どのようにするかを決めなくてはプロジェクトは進まない。たとえば、これまでの経験に照らし合わせるとどう考えても納期が間に合わない。このときに、納期を延ばすのか、仕事の仕方を変えるのか、といったことは決めた上で、プロジェクトが一丸となってその決定を支えていくように導いて行かなくてはならない。</p>
<p>つまり、プロジェクトマネジメントは、単に、計画を作って進捗を管理するだけの役割ではなく、プロジェクトの進め方に関する意志決定をしたり、あるいはプロジェクトの中での仕事のやり方を変えるといったリーダーシップも必要である。このようなプロジェクトマネジメントを支えるリーダーシップは「プロジェクトリーダーシップ」と呼ばれる。</p>
<p><br />◆組織の立場からのプロジェクトのマネジメント</p>
<p>これに対して、事業管理、経営管理の立場からのプロジェクトの管理という仕事も、広義の「プロジェクトマネジメント」である。たとえば、「組織のプロジェクト実施目的とプロジェクトの実行状況が整合していることを管理する」、「プロジェクトの効果に見合った資源投入をする」、「プロジェクトの状況を把握し、状況に応じたリソースのマネジメントを行う」といったことである。</p>
<p>PMstyleでは、前者のプロジェクトマネジメントを「プロジェクトマネジメント」とよび、後者を「プロジェクト管理」と呼んでいる。そして、前者の実施者を「プロジェクトリーダー」、もしくは、「プロジェクトマネジャー」とよび、後者を「プロジェクト管理者」と呼んでいる。また、プロジェクトマネジメントとプロジェクト管理を併せたものを戦略的プロジェクトマネジメントと呼んでいる。</p>
<p>プロジェクトマネジャーとプロジェクトリーダーの違いは、マネジメントが中心か、リーダーシップが中心かによって分けている。組織の中でマネジャーとリーダーは上下関係として使われているケースがあるが、PMstyleでは対等で、プロジェクトのタイプによって適性があると考えている。上下関係があるのは、プロジェクト管理者とプロジェクトマネジャー、あるいはプロジェクトリーダーである。</p>
<p><br />◆戦略的プロジェクトマネジメントとは</p>
<p>最後に、プロジェクトマネジメントに（プロジェクト）リーダーシップが必要なように、管理にも「シップ」は必要である。それがプロジェクトスポンサーシップである。</p>
<p>以上をまとめると、</p>
<p>戦略的プロジェクトマネジメント<br />＝プロジェクト管理（スポンサーシップ）＋プロジェクトマネジメント（リーダーシップ）<br />という図式になる。</p></div>
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        <title>【補助線】仕分けの本質</title>
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        <published>2010-01-07T00:39:14+09:00</published>
        <updated>2013-03-01T18:21:41+09:00</updated>
        <summary>◆何故世界一じゃなければダメなんですか？ 昨年、あるプロフェッショナルエンジニア...</summary>
        <author>
            <name>好川哲人</name>
        </author>
        <category scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" term="★補助線" />
        <category scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" term="「守破離」のプロジェクトマネジメント" />
        
        
<content type="html" xml:base="https://mat.lekumo.biz/ppf/">
<![CDATA[
<div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml"><p>◆何故世界一じゃなければダメなんですか？</p>
<p>昨年、あるプロフェッショナルエンジニアの電子コミュニティに事業仕分けについてのストレートな意見を書いたら、ぼろくそに言われた。ブログに書くと収拾がつかなくなるかもしれないという不安で控えていたが、そろそろ、ほとぼりが冷めてきたので、この話題を解禁することにした。</p>
<p>何故世界一じゃなければダメなんですか？２位ではダメなんですか？</p>
<p>次世代スーパーコンピューターの開発を巡る事業仕分けでの、仕分け人の発言だ。</p>
<p>仕分け人は、「有識者」から、袋叩きにあった。「歴史という法廷に立つ覚悟があるのか」とまで言われた。結局、予算案では、４０億円減の２２８億円で決着。</p>
<p>仕分けに対して否定的な意見を聞いていると事業仕分けがやろうとしていることに誤解があるのではないかと思う。事業仕分けでやろうとしていることは、専門的な議論ではない。マネジメントである。</p><p><br />◆日本人のマネジャーに位置づけ</p>
<p>日本人はマネジャーは専門的な議論ができなければならないと思っている。日本人の頭の中には</p>
<p>専門とする分野を探す（１）<br /> →専門性を高める（２）<br /> →専門性をリードする（３）<br /> →専門家をマネジメントする（４）</p>
<p>というキャリアモデルがある。このキャリアモデルでは、専門家をマネジメントするためには、高度な専門性が必要になる。故に、事業仕分けのには専門性が必要だと考える。</p>
<p>これは間違いである。専門家をマネジメントするには専門性は要らない。（１）～（３）は階層性があるが、（４）は別物である。マネジャーの専門性はマネジメントである。専門性は、マネジメントの可能性を狭めることになりかねない。</p>
<p><br />◆素人のように考え、玄人として実行する</p>
<p>年末に本の整理をしていたときに、金出 武雄先生の</p>
<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/456962457X/opc-22/ref=nosim" target="_blank">素人のように考え、玄人として実行する―問題解決のメタ技術</a></p>
<p>が出てきて、読みたくなって、作業を中断して読んだ。金出先生は、米カーネギーメロン大学で活躍する、ロボットビジョンの専門家である。この本に、こういうフレーズがある。<br />考えるときは素人として素直に、実行するときには玄人として緻密に</p>
<p>ところが、日本では一言で言うと</p>
<p>理系：玄人のように考え、玄人として実行する<br />文系：玄人のように考え、素人のように実行する</p>
<p>という文化しかない。</p>
<p>理系のアプローチは、キャッチアップを前提にしている。玄人がいるということはある意味で先進者がいるということに他ならない。研究所にいる専門家が先進者がやっていることを分析し、現場にいる専門家がそれを模倣・改良する。どちらも玄人の仕事だ。</p>
<p>文系のアプローチは、実績作りを目指したものである。本当に実行できるかどうかはどうでもよい。とりあえず、理論武装だけして、動かしたい。理屈の上ではできるはずだ。できないのは、実行者の能力が低いからだ。能力アップが必要だ。こうなる。</p>
<p>事業レベルの仕事になると、考えるのはマネジャーの仕事である。マネジャーという素人が素直に事業的に考え、専門家が緻密に実行していく。このような分担をしたい。</p>
<p><br />◆目的と実行の不整合＝無駄に気づかせる</p>
<p>事業仕分けはマネジメントとして何をしたいのか？一種のコーチングである。無駄に気づかせ、予算計画の見直しをさせることだ。</p>
<p>では、無駄とは何か？以前、渋滞学で有名な西成先生の</p>
<p>西成 活裕「<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4106036231/opc-22/ref=nosim" target="_blank">無駄学</a>」、新潮社 (2008)</p>
<p>を読んでほ～と思ったのだが、無駄とは目的に対して不要なものを言う。言われてみれば当たり前だ。無駄を仕分けるとは、</p>
<p>計画や過去の実績が、事業目的（戦略）に整合しない活動や予算計画を削る</p>
<p>ことだ。担当者に説明させ、説明できなければ何かおかしいんじゃないかと気づかせることだ。仕分けでやっていることはこれだ。企業でも同じだ。いくら、この先、３０年の事業基盤を作る事業ですといっても、それをきちんと説明できない限り、そんな事業は承認されないだろう。</p>
<p><br />◆自己目的化を修正する</p>
<p>実はもう一つある。目的そのものを考えさせることだ。</p>
<p>次世代スパコンの仕分け人の意見にこんな記述がある。</p>
<p>●１０ぺタスパコンを開発することが自己目的化している。巨額の税金を投入して世界最高水準のスパコンを創る以上、大事なのはスパコンを生かして、どのような政策効果を出していくのかを、明確にできなければ、国費投入は無理である</p>
<p>この議論はこのコメントに尽きると思う。詳しいことは分からないが、政策目的はないと思える。事業が自己目的化すると、無駄か、無駄でないか分からなくなる。事業が自己目的化している事業に対しては、政策目的を設定してもらう。これは行政の仕事だ。</p>
<p>自己目的化をしているスパコン事業の担当者に</p>
<p>何故世界一じゃなければダメなんですか？２位ではダメなんですか？</p>
<p>という発言は極めて良質なマネジメントコミュニケーションだと思う。この質問に答えようとすれば、世界一以外の目的がないことに気づくはずだからだ。</p>
<p>仕分けはマネジメントの手段であると考えると、この手法はいろいろなところに使える。よく考えてみたい。</p></div>
]]>
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    </entry>
    <entry>
        <title>ＰＭサプリ２００：管理メカニズムと哲学を混乱してはならない（フルバージョン）</title>
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        <id>tag:bb.lekumo.jp,2003:post-49470591</id>
        <published>2010-01-05T13:08:57+09:00</published>
        <updated>2013-03-01T18:21:41+09:00</updated>
        <summary>━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 管...</summary>
        <author>
            <name>好川哲人</name>
        </author>
        <category scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" term="「守破離」のプロジェクトマネジメント" />
        <category scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" term="プロジェクトのレバレッジマネジメント" />
        <category scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" term="プロジェクトスポンサーの秘密" />
        <category scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" term="プロジェクトマネジメントオフィスの秘密" />
        <category scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" term="プロジェクトマネジャーの秘密" />
        <category scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" term="ＰＭサプリ" />
        
        
<content type="html" xml:base="https://mat.lekumo.biz/ppf/">
<![CDATA[
<div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml"><p>━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━</p>
<p>管理のメカニズムを、本質や哲学と混乱してはいけない（フレデリック・テイラー）</p>
<p>━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━</p>
<p>◆テイラーの科学的管理法</p>
<p>ＰＭサプリもおかげさまで、今回で２００話になる。２００話ということで、少し、重みのある言葉を探して、見つけたのがこれだ。フレデリック・テイラーが１９１１年に著した「科学的管理法」からのフレーズである。</p>
<p>現代では、科学的管理法の評判は決してよいものではない。もっとも批判されているところは、人間を機械として扱っているという点だ。テイラーは科学的管理法の父と呼ばれるが、マネジメントの父と呼ばれるピーター・ドラッカーは著書「マネジメント」の中でテイラーを以下のように称している。</p>
<p>テイラーは、労働の生産性を押し上げ、それによって労働者たちにまずまずの暮らしをさせたいと願ったわけだ</p>
<p>管理のメカニズムの本質とは労働の生産性の向上であり、労働によって得られる対価<br />を引き上げることであった。日単位の出来高払いの仕事の中で、労働者はテイラーの<br />科学的管理法の指導を受けて作業方法を変えることによって、生産性を向上すること<br />ができ、それによって従来よりははるかに多い報酬を手にすることができた。</p>
<p></p><p><br />&#0160;</p>
<p>◆科学的管理法も使い方次第</p>
<p>テイラーはさらに以下のような指摘をしている。</p>
<p>同じメカニズムを用いても、悲惨な結果に終わる場合もあれば、非常によい成果につ<br />ながる場合もある。</p>
<p>テイラーの哲学の中では、「労働者たちにまずまずの暮らしをさせる」という点が非<br />常に重要である。これは科学的管理法という管理メカニズムを導入するに当たっての<br />目的である。「科学的管理法」の本の中には、テイラーの行った数々の実験的プロジ<br />ェクトの紹介がされているのだが、共通しているのは、科学的管理法を受け入れるか<br />どうかは、労働者の判断にゆだねている。言い換えると、科学的管理法を適用するの<br />は、目的への共感を前提にしている。</p>
<p>この議論は非常に「微妙」な議論なのだが、この部分をとってしまうと、まさに批判<br />されているとおりの「人間を機械として扱う」という結果を生み出してしまう。実際、<br />テイラー自身、科学的管理法を著したときには、すでにこの問題に気がついていて、<br />警鐘を鳴らしているのだ。</p>
<p>また、あまり知られていないが、科学的管理法の中には、労使の対立の問題も論じら<br />れている。生産性が上がれば労働者の取り分が多くなるが、極論すれば市場価格が下<br />がり、経営者からすれば必ずしも好結果だけではない面がある。この問題に対するテ<br />イラーの答えは「消費者の利益」を重視すべきだというものである。これもテイラー<br />が残した哲学だと言える。この哲学が忘れられると科学的管理法はうまく機能しない<br />とも指摘している。</p>
<p><br />◆プロジェクトマネジメントにはテイラーが取り込まれている</p>
<p>プロジェクトマネジメントも一つの科学的管理メカニズムであり、テイラーの科学的<br />管理法の多くの要素を取り込んだメカニズムになっている。参考までに科学的管理法<br />の構成要素を列記しておく。<br />・時間研究<br />・部門の職長制<br />・ルーツ類、および各作業に伴う動作の標準化<br />・プラニングルーム、あるいは、プラニング部門の意義<br />・例外原則に沿ったマネジメント<br />・計算尺ほか、時間を制約するためのツールの利用<br />・働き手への指示を書いた指示カード<br />・課題を活かすマネジメント<br />・差別的出来高賃金制<br />・製品やツールを分類するための記憶法<br />・工程管理<br />・近代的なコスト・システム<br />といったものである。興味深いことに、それぞれについて、プロジェクトマネジメン<br />トで該当するものがある。言い換えると、テイラーの考えた科学的管理法の本質や哲<br />学と、プロジェクトマネジメントのそれはそんなに大きく変わっていないということ<br />だろう。</p>
<p><br />◆プロジェクトマネジメントの本質や哲学とは</p>
<p>では、プロジェクトマネジメントの本質や哲学とはなんだろうか？この問題は、ずっ<br />と考え続けている問で、まだ答えがでているわけではないのだが、テイラーの科学的<br />管理法を改めて読み直してみると、ワークライフバランスの実現ではないかと思えて<br />くる。ドラッカーのテイラー評を紹介したように、科学的管理法の本質は、「労働者<br />たちにまずまずの暮らしをさせる」という意味でのワークライフバランスの実現であ<br />った。</p>
<p>１００年前と比べて異なる点は、単に時間の管理だけではなく、ワークスタイルの変<br />化が生じていることだ。１００年前は労働者は貧しく、故に経済的に豊かになること<br />が重要であった。もっといえば、労働者は工場や現地で働いていたので、労働時間と<br />賃金のバランスだけが重要であった。知識労働者が増えた現在に「まずまずの暮らし<br />をさせる」には、これに加えて、どこで働くか、いつ働くか、どれだけ働くかといっ<br />た視点が必要である。これらの問題に対して、多様性のあるソリューションを与えな<br />いと、生産性を極限まで高める管理メカニズムにならない。</p>
<p>それを可能にするのが、プロジェクトマネジメントという管理メカニズムである。</p>
<p><br />◆プロジェクトマネジメントの本質は、ワークライフバランスにある</p>
<p>上に述べたように、メカニズムの要素はテイラーの科学的管理法と変わっていないが、<br />新たに追加された要素に、「労働時間、場所のプラニング」という要素が加わってい<br />るのが、プロジェクトマネジメントというメカニズムである。つまり、スケジュール<br />だけではなく、コミュニケーションの計画、ファシリティの計画、調達の計画など、<br />従来、固定的だった労働時間、場所を流動化するためのメカニズムがある。このよう<br />なメカニズムをうまく活用することによってワークライフバランスの実現ができる。</p>
<p>たとえば、子供の世話や親の介護を抱えて働く人がいる。これに対して、従来の管理<br />メカニズムで対応することは難しかった。しかし、プロジェクトマネジメントの管理<br />メカニズムをうまく利用すれば可能である。</p>
<p><br />◆哲学を理解せずにメカニズムを導入すると、、、</p>
<p>にも関わらず、プロジェクトマネジメントを一様な管理の実現のために使っている組<br />織が少なくない。かつて、テイラーの科学的管理法を、その哲学を理解せずに企業の<br />収益の追求のためだけに活用し、非人間的な管理とおとしめた人たちがいたように、<br />プロジェクトマネジメントの哲学なき利用は、悲惨な結果をもたらすだろう。</p>
<p>その兆候はすでにある。メンタルヘルスの問題である。多様性への対応のために、プ<br />ロジェクトマネジメントは自律的な働き方を容認する。その代わりに高い成果を求め<br />ることがメンバーにプレッシャーを与える。このプレッシャーとモチベーションのバ<br />ランスは「自律」によってとれるのだが、自律を認めずに、自己責任だけを問うプロ<br />ジェクトマネジメントの誤った適用は、モチベーションの低下を招き、長期間のモチ<br />ベーションの低下が引き起こしている問題が「メンタルヘルス」の問題である。</p>
<p>この問題に対して当面の対処としてカウンセリングの導入などは結構だが、哲学に立<br />ち返らないと本質的な解決にはならないことを認識しておくべきだろう。</p>
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        <title>【補助線】プロジェクトマネジャーのフォロワーシップ</title>
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        <id>tag:bb.lekumo.jp,2003:post-49470597</id>
        <published>2009-12-08T15:20:31+09:00</published>
        <updated>2013-03-01T18:21:42+09:00</updated>
        <summary>◆フォロワーシップという考え方 「フォロワーシップ」という概念がある。くどくど説...</summary>
        <author>
            <name>好川哲人</name>
        </author>
        <category scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" term="★補助線" />
        <category scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" term="「守破離」のプロジェクトマネジメント" />
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<![CDATA[
<div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml"><p>◆フォロワーシップという考え方</p>
<p>「フォロワーシップ」という概念がある。くどくど説明するより、リーダーシップの逆の概念だと思ってもらうのがいいだろう。この概念は、1980年代に、リーダーシップの研究者だったロバート・ケリーが提唱し、1992年に「The Power of Followership」という本にまとめた。この本がバイブル的な位置づけになっている。</p>
<p>２～３年前から、日本でも着目する人が増えてきた。</p>
<p>ただ、リーダーシップが普及の初期において、「上司力」だと限定的に考えられていたように、現在のところ、「部下力」であると限定的に考えている人が多い。ロバート・ケリーが指摘しているように、リーダーシップがリーダーが目標とするものであるのに対して、フォロワーシップは「不快感」を与えるものである。従って、部下力と限定されているのではないかと思える。</p><br />◆フォロワーシップが必要なのは、平社員だけではない
<p>部下力という言葉は、会社に入って２～５年目くらいの社員が、「偉い」マネジャーやリーダーに対して、自主的に手伝いをしたり、あるいはものを申すといったイメージだが、フォロワーシップは決してのそのようなものではない。</p>
<p>世界でもっともたくさん読まれているフォローワーシップのガイド「The Courageous Follower」のアイラ・チャレフは、このガイドはすべてのレベルのフォロワーシップに有効であると述べているが、新入社員とその上司の間でも、部長と事業部長の間でも同じ考え方ができるということで、まさに、シップである。</p>
<p>組織の中のさまざまなレベルでのフォロワーシップを重視している企業として有名なのは、スターバックスコーヒーである。スターバックを支えるのは、「情熱的なフォロワーシップ」であると言われている。詳しいことは書籍などでしか知るすべがないが、その成果は店舗でも垣間見ることができる。</p>
<p><br />◆プロジェクトマネジャーのフォロワーシップの必要性</p>
<p>さて、プロジェクトマネジメントの話に移る。プロジェクトマネジャーにはチームを引っ張るリーダーシップが必要だと言われる。このことについては全く異存はないのだが、リーダーシップだけでいいのかという思いはある。特に、戦略的なプロジェクトマネジメントやプロジェクトガバナンスを考えた場合、プロジェクトマネジャーにとって、リーダーシップを同じくらい、フォロワーシップが重要なのではないかと思う。</p>
<p>多くのプロジェクトマネジャーが指摘するように、上位のマネジャーが「仕事をしない」のでプロジェクトがうまく行かないという現実がある。このような現実を目の前にして、プロジェクトマネジメントなどやっても仕方ないという人も決してすくなくない。そこまでは言わないまでも、「自分たちは現場のプロジェクトマネジメントさえしっかりやればよい、結果としてプロジェクトがうまく行かないのは自分たちの責任ではない」というスタンスのプロジェクトマネジャーはかなり多い。</p>
<p>このようなプロジェクトマネジャーにもってほしいのがフォロワーシップとして、上位マネジャーをしっかりと支え、場合によっては意義を唱えていくことである。アイラ・チャレフは「The Courageous Follower」の翻訳のタイトルは、残念ながら「ザ・フォロワーシップ」となっているが、Courageousは「勇敢な」という意味。</p>
<p><br />◆勇敢なフォロワーシップ</p>
<p>アイラ・チャレフは勇敢なフォロワーシップは５つの勇気の上に成り立つとしている。</p>
<p>・責任を負う担う勇気<br />・役割を果たす勇気<br />・意義を申し立てる勇気<br />・（リーダーの）改革に関わる勇気<br />・良心に従って行動する勇気</p>
<p>戦略的プロジェクトマネジメントにおいては、この５つの勇気はすべて重要である。また、戦略実行の責任を担うこと。役割を果たすこと。そして、上位マネジャーや組織の行動が戦略実行において適切でない場合には、それに対して意義を申し立て、マネジャーの行動や組織を変えていくこと。その変革に積極的に関わっていくこと。そして、それらが正しく行われていない場合に、見過ごすことなく、指摘をしていくこと。</p>
<p><br />◆上位マネジャと共通目的を持つことからはじめよう</p>
<p>ロバート・ケリーによると、フォロワーシップの行動の源泉になるのは、「共通目的」である。プロジェクトマネジャーが上位組織に対してフォロワーシップを発揮するためには、まず、プロジェクトの目的を共有することから始めればよい。プロジェクトマネジメントの作法では、プロジェクトの目的は上位組織が決めることになっているが、その点にこだわる必要はない。</p>
<p>プロジェクトマネジャーが自ら目的を明確にし、それを上位マネジャーと共有できれば、フォロワーシップの成功は約束されるだろう。</p>
<p>プロジェクトを任された部下として、上位マネジャーとさまざまな交渉にあたり、顧客の要求を実現するような条件を引き出すのも悪いことではないが、これはあくまでも上位マネジャーがしっかりしていればの話だ。一方で、マネジャーを非難しながら、一方でたてるというのはナンセンス。</p>
<p>そんなつまらないことに時間を費やしているのであれば、フォロワーシップへの取り組みを試みてみてはいかがだろう。</p>
<p>そのために何をすればよいか？このブログでも時々、述べようと思っているが、待てない人は、とりあえず、アイラ・チャレフの本を読んで自分なりに考えてみてはどうだろう。</p></div>
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        <title>【補助線】プロジェクトをみる３つの方法</title>
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        <published>2009-12-02T11:52:52+09:00</published>
        <updated>2013-03-01T18:21:42+09:00</updated>
        <summary>◇プロジェクトの３つの見方 プロジェクト活動を企業にとって有意義なものにするため...</summary>
        <author>
            <name>好川哲人</name>
        </author>
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<![CDATA[
<div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml"><p>◇プロジェクトの３つの見方</p>

<p>プロジェクト活動を企業にとって有意義なものにするためには、デザインにおいてプロジェクトに対して３つの見方をしてみる必要がある。その３つとは</p>

<p>（１）視座<br />（２）視野<br />（３）視点</p>

<p>である。</p>

<p>最初の視座とは、誰がどのような目的を達成するために実施するプロジェクトかという見方だ。二番目の視野とは、そのプロジェクトをどのような範囲、どのような時間で捉えるかという見方だ。三番目の視点はよく使われるとおり、そのプロジェクトにどのようにアプローチしていくか、言い換えると目標をどのように設定するかという見方だ。</p>

<p>現場のプロジェクトマネジメントでは、視点が重視されている。しかし、視座や視野も持ち込まないと、経営的な成果は上がらない。</p>

<p></p><p>◇プロジェクトに対する視点</p>

<p>それぞれについてもう少し、詳しく考えてみよう。</p>

<p>視点については、目標設定であるので、その重要性は理解されているとおり。プロジェクトの目的を達成するには、何を目標にとり、目標値をどのレベルに設定すればよいかはプロジェクトマネジメントの肝要でもある。</p>

<p>一言付け加えるならば、ＳＱＣＤ（スコープ、品質、コスト、納期）だけの視点からの目標だけで、プロジェクトをうまくマネジメントできるかどうかというのは大いに考える必要があるということだろう。たとえばベースラインとしてよく使われるものに人的資源があるが、それ以外にもリスクに対する目標、調達に対する目標など、さまざまな視点からの目標を検討してみて、必要なものはどんどん取り入れていくという柔軟性が求められる。</p>

<p>◇プロジェクトに対する視野</p>

<p>次に、視野について。多くの問題プロジェクトは視野についての考えが欠如しているケースが多いと思う。素直に考えれば、視野というのはスコープだ。これ自体は正しい。問題はスコープという概念を矮小化して扱っていることではないかと思う。</p>

<p>上で触れましたように、視野には空間的な視野と時間的な視野がある。</p>

<p>まず、空間をみれば、どんな小さなプロジェクトでもプロジェクトチームの活動が単独で行われることはまずない。情報化でも商品開発でも投資でも、プロジェクトチームを作って活動を始めた場合には、必ず、周囲でそれに関連する活動が発生している。たとえば、情報化のプロジェクトだと、システム開発のプロジェクトに併せて、仕組みやルールの変更や、組織の変更などの活動をするのが一般的だろう。商品開発だと、商品そのものの開発に併せて、販売チャネルの開発や調整、プロモーション活動などを行うのが普通だ。</p>

<p>また、その活動からプロジェクトが生まれているケースも少なくない。たとえば、ビジネスプロセスの革新の活動の中から、情報システムの開発プロジェクトが生まれるといったケースだ。</p>

<p>これらの活動のうち、プロジェクトに取り込むものとプロジェクト外で行うものの整理をするのがスコープ定義（区分）である。</p>

<p>また、時間に関していえば、プロジェクトしてどこで終わるべきか、つまりプロジェクトライフサイクルを考える必要がある。ＩＴのプロジェクトであれば運用後をどのように位置づけるのか、商品開発のプロジェクトであれば発売後をどのように位置づけるかといった視野からの検討が必要だ。</p>

<p>これらをプロジェクトのスコープに取り込むかどうかによって、プロジェクトの目的はもちろんのこと、アプローチそのものが変わってくる。たとえば、ＩＴのプロジェクトで、１年間でシステムを開発することがスコープの場合と、開発後１０年間の運用アウトソーシングを含めてプロジェクトとした場合には、開発スケジュールそのものが変わってくるだろう。</p>

<p>その意味で、プロジェクトをデザインする際に、視野を変えて検討することは、プロジェクトの実施に当たってきわめて重要だといえる。</p>

<p>◇プロジェクトをデザインする視座</p>

<p>３つ目の見方は視座だ。</p>

<p>プロジェクトには代表的な３つの視座がある。プロジェクト実施を指示する上位組織（経営）、プロジェクトを実施するプロジェクトチーム（現場）、そして、プロジェクトの成果を活用するステークホルダ（一般には顧客や市場、場合によっては営業や流通）である。</p>

<p>プロジェクトをデザインする際には、現場の視座からだけではなく、経営の視座、顧客の視座から十分に検討する必要がある。そこに現場の困難を乗り越えるヒントがあるからだ。</p>

<p>◇プロジェクトの上位マネジャーの方へ</p>

<p>このように考えてみたときに、現場レベルで行き詰っているプロジェクトを成功に導くためには、視座を上げる必要がある。これは一般には、プロジェクトの上位マネジャーの役割だ。現場で短納期、低予算で苦しんでいるプロジェクトに対して、プロジェクトマネジャーに知恵を貸して問題を解決しようというのはプロジェクトではあまり有効だとはいえない。これはプロジェクトのコンサルティングをやっていても感じる。今、プロジェクトで起こっている問題は、マネジャーが経験したことのないような問題だからだ。確かに現場改善は重要であることに変わりはない。しかし、それは現場に任せ、経営の視座でそのプロジェクトをどのように定義すればよいかを考えるべきである。</p>

<p>経営レベルで考えれば、長期の安定的な取引の構築とか、人材の育成とか、いろいろとそのプロジェクトを実施する理由は見つかるはずだ。場合（戦略）によってはブランド構築ような理由もあるかもしれない。</p>

<p>また、組織ですので、視座が変われば視野も変わる。たとえば、システム開発のプロジェクトで開発部分だけでみれば採算が合わなくても、視野を広げて運用を取り込んでいくとか、あるいは開発プロジェクトを生み出している顧客側の仕事を取り込んでいくといったことで、問題を回避できる可能性もあろうだろう。</p>

<p>以上のようなことは、断片的には今もやっていることだと思うが、視座、視野、視点というフレームを持ち込むことによって、もっとうまい方法が見つかる可能性も大である。この点については、ぜひ、一度、真剣に考えてみる必要があるのではないかと思う。</p></div>
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