アーロン・シャピロ(萩原 雅之監訳、梶原 健司、伊藤 富雄訳)「USERS 顧客主義の終焉と企業の命運を左右する7つの戦略」、翔泳社(2013)
お奨め度:★★★★★
<紙版><Kindle版>
顧客主義ではなく、デジタル時代の卓越した企業の基本理念になると言われるユーザーファーストというコンセプトを示した一冊。
しっかりとした概念構築の上で、デジタル時代を勝ち抜いてきたさまざまな企業の事例を示しているので、コンセプトも分かりやすいし、実践の方法もイメージしやすい。
そもそもユーザーとは何か。本書におけるユーザとは顧客も含む概念で、
顧客、従業員、求職者、見込み客、パートナー、ブランドのファン、メディアのメンバー、そのほか影響力を持つ人(インフルエンサー)
だとしている。このように定義されたユーザは個別の異なる関心や目的を持つ一方で、各自の関心や目的を満たすことであれば簡単に手助けしてくれるという共通点を持つ。
このようなユーザに対して、惹きつけ、交流し、長期的な関係を気づくには、方法はひとつしかない。
シンプルさを提供する
ことだ。これが本書の前提である。
このような企業になることを「ユーザーファースト企業」と呼び、今、新しいエクセレントカンパニーのモデルになりつつあるという。このモデルには7つの要素がある。
(1)ユーザー中心の経営
(2)同心円型の組織体制
(3)使い捨てテクノロジー
(4)社会的使命に基づいた製品
(5)ユーティリティ・マーケティング
(6)TCPFセールス
(7)ハイブリッド・カスタマーサービス
の7つである。
ユーザー中心の経営のポイントは、ユーザビリティにある。ここでいうユーザビリティは、ソフトウエア、サービス、製品におけるユーザの使い勝手がよい、ユーザに喜びを与えることができるといったものである。
このようなユーザビリティを提供するには、安定した組織力が必要だとしている。そして、そのために経営者に求められる資質は
・本当に必要なもの以外を切り捨てる勇気を持つ
・地道なプロセスを軽視しない
・専門分野以外の勉強を欠かさない
・実現可能なビジョンを持ち、それをきちんと伝えていく
などであり、このような資質に基づいて、ビジネスゴール、ユーザ・ニーズ、技術的なフィージビリティのバランスが取れることが求められる。
二番目は、同心円型の組織体制である。ネット時代には人材は常に不足しているので、どんな社員であってもユーザと対等な対話ができるようにしなくてはならない。このために必要なのが、同心円型の組織体制である。
これは、社員が利用できるツールを開発できるデジタルコア、そのツールを使って、社外ユーザとのやりとりをするコミュニケータ、そして社外のユーザであるオーディエンスから成る組織である。
三 番目は使い捨てテクノロジー。デジタル時代は、ビジネスニーズもそれに対応するユーザの動向も急速に変化する。したがって、常に迅速な調整や変更ができる システムが要求される。このためには、容易に修正、変更、入れ替えができる使い捨てのテクノロジーを積極的に採用していくべきだと指摘している。
使い捨てテクノロジーに求められる要件は、
・置換性
・制御可能な相互運用性
・保全性
・更新可能性
・拡張性の確保
・スピード
の6つである。
四番目は社会的使命に基づいた製品である。今の企業は
・地理的制約の撤廃
・商品の民主化
・価格透明性
・品質のごまかしがきかない
という4つの課題を抱えており、それによってコモディティ化の拡大に悩まされている。これらの課題を解決するには、社会的使命に基づいて、消費者の生活の質を本当に改善する価値提供をするしかない。そのような価値提供は
・意思決定サービス
・補完するサービス
・デジタル&アナログの統合
・データによる差別化
の4つが考えられる。
五 番目はユーティリティ・マーケティング。デジタルでは、ユーザニーズや課題を解決できる場所をWeb上に作ることが有効なマーケティング方法である。人々 がインターネットを利用するのは、何かをみつけたい、最新情報を知りたいの2つであり、利用にあたってはトラフィックフレームワークを通る。
トラフィックフレームワークは、フィルタ、デスティネーションサイト(目的サイト)、企業や個人から情報を受け取る場所であるインボックスからなる。
六番目はTCPFセールスである。ユーザを顧客に変えるには、なぜ、その企業で買わなくてはならないかを明確にしなくてはならない。そのためのポイントになるのが、
T(trust):信用
C(convenience):利便性
P(price):価格
F(fun):楽しさ
である。
最後は、ハイブリッド・カスタマーサービスである。これからのユーザの満足を最大にするには、セルフ・サービスとフル・サービスという一見矛盾する二つのサービスを両立させなくてはならない。
以上の7つがユーザー・ファースト企業であるための要件である。
この本で展開されている議論は非常に正統な議論であり、納得性も高い。一方で、読んでいるうちに、難しいなという感じがしてきた。TCPFのモデルに5つのタイプがでてきて、モデル企業として、
アマゾン、ジップカー、アングリーバード、Zillow、ゴールドマンサックス
の5つが挙げられている。
これまでリアル世界のパラダイムで競争を勝ってきた企業が新しいパラダイムを取り入れて、勝ち続けているのはすごいことだと改めて思った。単に発想を変えればいいということではなく、組織が変わらなくてはならないので、大変だ。
組織を盾にとって、この考えはわが社には向かないなんていっていると確実にその企業は滅びていくだろうと思えるような大きな変化である。いずれにしてもデジタル社会では、ユーザーファーストでないと生き延びることは難しいと思える。
この本は基本的なコンセプトを提供してくれるので、自社ではどのように展開していけばよいかを考えながら読むと、面白さも増すだろう。
]]>冨山 和彦「結果を出すリーダーはみな非情である」、ダイヤモンド社(2012)
<紙版><Kindle版>
お奨め度:★★★★★
ボストンコンサルティングと産業再生機構というある意味で両極端なキャリアを歩み、さまざまなタイプの企業を知り尽くした冨山和彦さんのミドルに向けたリーダー論。組織の歯車としてのミドルマネジャーではなく、次の経営を担う「ミドルリーダー」を目指す人は必読の一冊。
この本で冨山さんが論じていることの背景にあるのは、「現場に権力を渡すな」ということである。日本企業は現場が強いが、現場が権力を握ると会社はつぶれるというのが冨山さんの持論だ。
その上で、現場という資産を活かすにはミドルの活動がポイントになる。ここまでは異論はないと思うが、冨山さんはミドルはミドルマネジャーではなく、ミドルリーダーになれという。ミドルリーダーとは、経営者の視点を持ち、問題解決に当たるミドルである。
ミドルリーダーが重要な理由はいくつかある。まず、複雑な問題になればなるほど、上部構造では決められず、現場で決められることが多い。そして、現場で次世代のトップリーダーと目されているミドルには情報が集まり、また、下の世代に対して絶大なる影響力をもっている。したがって、ミドルリーダーであることによって、実質的な変革者になることができる。
ところが、現場リーダーとミドルリーダーの間にはギャップがある。それは、現場リーダーとして優秀であればあるほど、調和を乱すような決定ができない。ここを乗り越えたミドルリーダーとしての課長や部長が必要である。
では、ミドルリーダーにはどのようなリーダーシップが必要か。4つの条件を上げている。
(1)論理的な思考力、合理的な判断力
(2)コミュニケーションで情に訴え根負けを誘う
(3)実践で役立つ戦略・組織論を押さえる
(4)評価し、評価されることの本質を知る
(1)では、情に流されると、会社を潰してしまうほどの結果を招くことを知った上で、徹底的にリアリズムと合理性を追求することが重要だ。全体の調和を乱しても、必要なことをやっていく非情さが必要なのだ。また、サンクタイムに目を奪われないようにしなくてはならない。
(2)では、組織の空気を少しずつ変えていくような根気強さとともに、組織と人を変えていく戦略性が重要である。
(3)では捨てることの重要性を知ること。捨てるとは成長することであり、捨て続けることが持続的な成長をする唯一の方法であることと認識することが必要だ。また、組織の中では常に与党であることも重要だ。
(4)では、能力と成果を混同しないことが重要だ。ヒューマニティックな判断は人だけではなく、組織も不幸に陥れることを十分に認識すべきだ。
現場リーダーからミドルリーダーへのトランジションは非常に難しい。著者が指摘するとおり、情が入ってしまい、現場の価値観を大切にしようとする。しかし、それは現場にためにもならない。日本の素晴らしい現場を活かすためには、非常になることが重要であることを腹落ちするような語りで教えてくれるこの本をミドルマネジャーは、座右の書とするとよいだろう。
三宅 秀道「新しい市場のつくりかた」、東洋経済新報社(2012)
お奨め度:★★★★★
<紙版><Kindle版>
新しい商品や市場を作る際に、技術から決める技術神話から卒業し、文化を開発するという発想で取り組むことの重要性を説いた一冊。非常に多くの事例(ストーリー)や薀蓄を使って、言いたいことを説明をしているので、ストーリーを楽しみながら読める。
ケン・シーガル(林 信行監修・解説、高橋 則明訳)「Think Simple―アップルを生みだす熱狂的哲学」、NHK出版(2012)
お奨め度:★★★★★+α
facebookページ:「「シンプル」に忠誠を尽し、複雑さと戦う」
アップルの「Think Different」キャンペーンにたずさわり、iMacを命名した伝説のクリエイティブ・ディレクターであるケン・シーガルが初めて明かす、ビジネスとクリエイティブにおける「シンプル」という哲学。多数あるアップル本、ジョブズ本とは一線を画しているのは、ケン・シーガルのデルなど他の企業における経験の紹介がスパイスのように効いている点だ。