レイ・フィスマン、ティム・サリバン(土方 奈美訳)「意外と会社は合理的 組織にはびこる理不尽のメカニズム」、日本経済新聞出版社(2013)
お奨め度:★★★★★
マクドナルド、HP、マッキンゼー、P&G、ザッポスなどの企業、ボルチモア市警、サモア政府などのパブリックセクター、アルカイダなどを例にとり、採用、報酬、組織文化、イノベーション、マネジメントにおける不合理の本質を、組織経済学の観点から解き明かした一冊。一つのテーマについて、民間企業とパブリックセクター、宗教団体というふうに2つ以上の性格の異なる組織を比較し、同じことが言えるという仕立てになっており、興味深く読める。そして、911で組織が評価されたアルカイダは本当に理想の組織なのかという検証をしている、
組織開発が注目されるようになってきたが、理想の組織があるという前提で行われていることが多い。そして、理想は人に焦点が当てられ、働きやすさとか、動 機だとかにもっぱらら関心が集まっている。このこと自体を否定したいわけではないのだが、おそらく人の成長や組織の学習だけでは乗り越えられないこともあ るように思えて仕方ない。
たとえば、この本にマクドナルドのイノベーションの話が出てくる。マクドナルドは近年業績不振でビジネスモデル の問題が盛んに指摘されるようになってきた。マクドナルドはどこの店に行っても同じ顧客体験ができることを重視し、フランチャイズによるイノベーションを 抑制している。マクドナルドのグランドメニューの中でフランチャイズから生まれたものは1970年代に登場した「フィレオフィッシュ」にまでさかのぼるそ うだ。
フランチャイズは顧客との最前線であり、最近流行りの経営スタイルではありえないスタイルなのだが、徹底的な標準化による低コスト と品質の確保、および、同じ顧客体験を実現し顧客に安心感を与えることで成長を続けてきた。この戦略は徹底しており、組織そのものにも表れている。そもそ も、ショップの店員にしても、スターバックスのようにマニュアル外のことをやってくれることなど希望していないし、然るべき人を採用し、そういう管理をす ることによって人件費の抑制をしている。
一方でマクドナルドはローカルのメニューには自由度を与えている。日本は米国に近いが、それでも 月見バーガーとか定番的にやっている。食文化が全く違うインドのマクドナルドでグランドメニューであるのは「フィレオフィッシュ」だけだそうだ。あとはイ ンドの食文化に合わせたバーガーを開発し、提供している。
デイブ・グレイ、トーマス・ヴァンダー・ウォルが「コネクト」という本の中で、 これまでのサービス業は企業が提供のルールを決めて顧客はそれに従ってサービスを受けていたが、今後のサービス業は企業と顧客が結びついて一緒に作り上げ ていく傾向が強くなっていくだろうという予測している。その中で、依然として企業がルールを決めて顧客を動かす特別な企業として挙げられているのがマクド ナルドだ。そのくらい、マクドナルドのやっていることはビジネスのあり方として合理性があるのだ。
つまり、企業は顧客起点でイノベーションを起こせる組織であるべきだというのはナンセンスである。イノベーションが成長のエンジンとして必要だということは認めつつ、それとグローバルな標準化による収益性の高いビジネスモデルを両立させているのがマクドナルドだ。
デイブ・グレイ、トーマス・ヴァンダー・ウォル(野村 恭彦監訳、牧野 聡訳)「コネクト ―企業と顧客が相互接続された未来の働き方」、オライリージャパン(2013)
組織にはこういう両面があるが、採用、報酬、組織文化、イノベーション、マネジメントなどを例にとって他にも興味深い指摘をたくさんしている。
もう一つ例を挙げると、クリエイティブにおいてマネジメントの重要性を指摘している下りがある。ゲーム業界の大規模な調査で、ゲーム企業の収益性はクリエイターには依存せず、中間管理職で30%程度変わるという指摘をしている。
この指摘は、一般に考えられているのと真逆だ。クリエイティブな事業ではクリエイターが自由に働けるようにすることが成功の秘訣だと考えており、それをするのがマネジャーの仕事だと思われている。しかし、実際には違うというのだ。
こ のように組織で所属する人が考えている理不尽だと思っていることに実は合理性があることが少なくない。もちろん、最後は人なのだが、ゲーム業界の例にある ように「どの人か」という問題もある。組織開発をする際に合理性を前面に押し出すことは得策ではないが、知っておくことは非常に意味のあることだ。
本書のまとめの章は911を実行できたのはネットワーク型の組織のエクセレンスだという分析があるのに対して、面白いエピソードを紹介している。アルカイダには出張届があったという話だ。組織とは何かと考えさせる究極のエピソードだ。
組織開発に関わる人は知っておいた方がよい内容の一冊である。
アドルフ・クニッゲ(服部 千佳子訳)「人間交際術」、イースト・プレス(2010)
お奨め度:★★★★★
人を知り、幸福に生きる。100年以上、ヨーロッパで読み継がれてきた名著。
がキャッチフレーズの本。この本を語るのに、これ以上は必要ないかもしれない。諸般は1788年に出版され、これを現代版に編纂したのが、この本だとのこと。それが100年以上読み継がれてきたということだ。今読んでも深い感銘を受ける。
本書は5つの章からなる。
第1章 人づきあいが楽になる智恵
第2章 自分も周りも愉快になる会話
第3章 一歩抜きん出る人づきあいの秘訣
第4章 どんな人ともうまくつきあえるコツ
第5章 友人や家族、隣人、異性とのつきあい方
それぞれについて、見開き2ページで、右ページがタイトル、左ページがその説明という構成で、151の知恵が並ぶ。
151の中でもっとも感銘を受けたのは、これ。
「自分自身が好ましい伴侶になる」
自分自身にとって、好ましい伴侶になりなさい。ずっとほったらかしではいけませんが、頭の中に蓄積した知識に頼ってばかりいるのもよくありません。つねに書物や人から新しい知識を仕入れましょう。気に入った考えばかり巡っていると、自分に対しても他人に対しても、きわめて退屈な人間になってしまいます。そして、自分がいつも考えていることと異なる意見を拒絶することに、あっというまに慣れてしまうのです。
章としてこれはと思ったのは、上の格言も含まれる第3章。以下のようなアドバイスが並ぶ。
・なじみのない雰囲気に自分を合わせる才を持つ
・過大な自尊心は捨てる
・中心にいようとせず、期待を少なくする
・服装は身分相応のものを
・「もった会いたい」と思われるように
・他人との間に距離をおく
・どんな会話からでも学ぶ
・自分より賢明な人とよく話す
・手紙を送る
・手紙を受け取る
・他人による他人の評価はあてにならない
・人は行動によって判断する
・自分自身と対話する
・自分自身を大切にする
・自分自身に誠実であれ
・心と体の健康に気を配る
・自分自身を尊敬する
・自分自身の長所を自覚する
・自分自身が好ましい伴侶になる
・自分に対して厳しくなる
・他人と自分を比べない
どうだろうか?すざましく多様な視点である。そして、一見、矛盾をしているように感じるものもあるが、それはよく考えるとまったく矛盾なく、ひとつの方向を示している。
今風にいえば、人付き合いのTIPSである。頭に叩き込んでおき、状況でふと思い出す類のことだと思う。ひとつひとつについて、小難しいことが書いてあるわけではない。シンプルであり、かつ、深い。
普通に考えて、100年という時間はきわめて重い。いま、いろいろな自己啓発の本が出版されている。10年前に出版された本を読んで、感銘を受けることはほとんどない。古臭いを感じる。20年前であれば、入手することすらままならない。このことだけを考えてみても、100年以上たった本に感銘を受けるというのは、すごいことだ。
100年読まれるということは、それだけ本質的であることを意味する。100年前と今では比べるのも難しいくらい、環境は変わっている。この本は、調整はしているとはいえ、今、現在でも人間関係の本質を射抜いているように思える。
この151のアドバイスを守ることができれば、コミュニケーションはもちろんのこと、あらゆる分野の自己啓発の本はいらないのではないかと思う。人が生きているというのは人間と交際をしているということであり、関係をしているからだ。
一冊手元におき、バイブルとして使ってほしい。そのために手ごろなサイズであり、また、装丁である。
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