ロルフ・ドベリ(中村 智子訳)「Think right 誤った先入観を捨て、よりよい選択をするための思考法」、サンマーク出版(2020)
(Kindle)https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B089LQ12NK/opc-22/ref=nosim
(紙の本)https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4763138030/opc-22/ref=nosim
お薦め度:★★★★★
2013年に出版され、愛読しているロルフ・ドベリのコラム集「なぜ、間違えたのか?」が、同じ出版社からタイトルを変更して、復刊された。新しいタイトルは「Think right 誤った先入観を捨て、よりよい選択をするための思考法」で、これでThinkシリーズは
「Think clearly 最新の学術研究から導いた、よりよい人生を送るための思考法」
「Think Smart 間違った思い込みを避けて、賢く生き抜くための思考法」
「Think right 誤った先入観を捨て、よりよい選択をするための思考法」
と3冊が揃ったことになる。ロルフ・ドベリこれらの本を思考の道具箱と呼んでいるが、各書には52の道具が紹介されている。この記事ではこの3冊すべて紹介されている156個の道具のタイトルと副題を紹介しておく。改めてこうやってみると印象に残っていて、行動を変えているものが非常に多い(これに気づいたことが愛読しはじめた理由だ)。リストにで◎をつけているのがそうだ。
Kindleのサンプルで第1話は読めるので、ぜひ、読んでみて頂きたい。そして、相性が合えば購入し、手元において、何か困ったことに出会ったら、読んでみることをぜひ、お勧めしたい。
◆「Think right」
◎フレーミングのワナ:なぜ、言い方を変えただけで、結果が大きく変わるのか?
・確証のワナ その1:なぜ、「特殊なケース」には気をつけるべきなのか?
・確証のワナ その2:なぜ、「あいまいな予想」に惑わされてしまうのか?
◎権威のワナ:なぜ、エラい人には遠慮しないほうがいいのか?
・希少性の錯覚のワナ:なぜ、少ししかないクッキーはおいしく感じるのか?
・選択のパラドックスのワナ:なぜ、「選択肢」が多ければ多いほど、いいものを選べないのか?
・「あなたが好き」のワナ:なぜ、自分に似ていれば似ているほど相手を好きになるのか?
・お返しの法則のワナ:なぜ、お酒をおごってもらわないほうがいいのか?
・生き残りのワナ:なぜ、「自分だけはうまくいく」と思ってしまうのか?
・サンクコストのワナ:なぜ、「もったいない」が命取りになるのか?
・コントラストのワナ:なぜ、モデルの友人は連れていかないほうがいいのか?
◎イメージのワナ:なぜm「違う街の地図」でもないよりはまし、と考えてしうのか
・「いったん悪化してからよくなる」のワナ:なぜ、「その人」を信じてしまったのか?
・スイマーズボディ幻想のワナ:なぜ、水泳をすれば水泳選手のような体形になれると考えるのか?
・自信過剰のワナ:なぜ、自分の知識や能力を過信してしまうのか?
◎社会的証明のワナ:なぜ、他人と同じように行動していれば正しいと思ってしまうのか・ストーリーのワナ:なぜ、歴史的事件の意味は、あとからでっちあげられるのか
◎回想のワナ:なぜ、起こった出来事に対して「あれは必然だった」と思い込むのか?
・お抱え運転手の知識のワナ:なぜ、「わからない」と正直に言えないのか?
・報酬という刺激のワナ:なぜ、弁護士費用は「日当」で計算してはいけないのか?
・平均への回帰のワナ:なぜ、「医者に行ったら元気になった」は間違いなのか
・共有地の悲劇のワナ:なぜ、みんなが利用する場所では問題が発生するのか?
◎結果による錯覚のワナ:なぜ、「結果」だけで評価を下してしまうのか?
◎集団思考のワナ:なぜ、「意見が一致したら要注意」なのか?
・確率の無視のワナ:なぜ、宝くじの当選金額はどんどん高くなるのか?
◎基準比率の無視のワナ:なぜ、直感だけで判断すると間違えるのか?
・ギャンブラーの錯覚のワナ:なぜ、「プラスマイナスゼロに調整する力」を信じてしますのんか?
・アンカリングのワナ:なぜ、商談のときにはなるべく高い価格から始めるべきなのか?
・帰納的推理のワナ:なぜ、ちょっと株価が上がっただけで大金をつぎこんでしまうのか?
・マイナスの過大評価のワナ:なぜ、「悪いこと」は「いいこと」より目につきやすいのか?
◎社会的手抜きのワナ:なぜ、個人だと頑張るのに、チームになると怠けるのか?
・倍々ゲームのワナ:なぜ、50回折りたたんだ紙の厚さを瞬時に予想できないのか?
・勝者の呪いのワナ:なぜ、オークションで落札しても少しも儲からないのか?
・人物本位のワナ:なぜ、コンサートのあとでは識者やソリストの話しかないのか?
・誤った因果関係のワナ:なぜ、コウノトリが増えると赤ちゃんも増えると考えるのか?
・ハロー効果のワナ:なぜ、恋に落ちた相手は完璧に見えるのか?
◎別の選択肢のワナ:なぜ、成功の裏にあるリスクに気がつかないのか?
・予測の幻想のワナ:なぜ、予測が外れてばかりのエセ専門家が増殖するのか?
・別の選択肢のワナ:なぜ、もっともらしい話に惑わされてしまうのか?
・過剰行動のワナ:なぜ、ゴールキーパーはじっとしていないのか?
・不作為のワナ:なぜ、ダメージが同じなら何もしない方がよいのか?
・自己奉仕のワナ:なぜ、「成功は自分のおかげ」「失敗は他人のせい」と考えるのか?
・選択のワナ:なぜ、社内にはいつも自分と同じ同性が多いのか?
・連想のワナ:なぜ、悪い知らせだけを伝えるべきなのか?
・ビギナーズラックのワナ:なぜ、「はじめから順調」のときが危ないのか?
・ビギナーズラックのワナ:なぜ、自分への嘘でつじつま合わせをしようとするのか?◎◎共時性の奇跡のワナ:なぜ、「ありえないようなこと」でも、いつか起こるのか?
・目先の利益のワナ:なぜ、「今この瞬間を楽しむ」のは日曜日だけにすべきなのか?
・所有のワナ:なぜ、「自分のもの」になったとたんに価値は上がるのか?
・満足の踏み車のワナ:なぜ、幸福は3か月しか続かないのか?
・コントロール幻想のワナ:なぜ、自分の人生をすべて自分でコントロールしていると信じるのか?
◎ゼロリスクのワナ:なぜ、危険を徹底的になくそうとすると痛い目にあうのか?
◆「Think clearly」
ロルフ・ドベリ(安原実津訳)「Think clearly 最新の学術研究から導いた、よりよい人生を送るための思考法」、サンマーク出版(2019)
https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4763137247/opc-22/ref=nosim
◎考えるより、行動しよう──「思考の飽和点」に達する前に始める
◎なんでも柔軟に修正しよう──完璧な条件設定が存在しないわけ
◎大事な決断をするときは、十分な選択肢を検討しよう──最初に「全体図」を把握する
・支払いを先にしよう──わざと「心の錯覚」を起こす
・簡単に頼みごとに応じるのはやめよう──小さな親切に潜む大きな罠
・戦略的に「頑固」になろう──「宣誓」することの強さを知る
◎望ましくない現実こそ受け入れよう──失敗から学習する
・必要なテクノロジー以外は持たない──それは時間の短縮か? 浪費か?
・幸せを台無しにするような要因を取り除こう──問題を避けて手に入れる豊かさ
・謙虚さを心がけよう──あなたの成功は自ら手に入れたものではない
◎自分の感情に従うのはやめよう──自分の気持ちから距離を置く方法
・本音を出し過ぎないようにしよう──あなたにも「外交官」が必要なわけ
◎ものごとを全体的にとらえよう──特定の要素だけを過大評価しない
・買い物は控えめにしよう──「モノ」より「経験」にお金を使ったほうがいい理由
・貯蓄をしよう──経済的な自立を維持する
◎自分の向き不向きの境目をはっきりさせよう──「能力の輪」をつくる
・静かな生活を大事にしよう──冒険好きな人より、退屈な人のほうが成功する
・天職を追い求めるのはやめよう──できることを仕事にする
・SNSの評価から離れよう──自分の中にある基準を見つける
◎自分と波長の合う相手を選ぼう──自分は変えられても、他人は変えられない
・目標を立てよう──人生には「大きな意義」と「小さな意義」がある
・思い出づくりよりも、いまを大切にしよう──人生はアルバムとは違うわけ
◎「現在」を楽しもう──「経験」は「記憶」よりも価値がある
・本当の自分を知ろう──あなたの「自分像」が間違っている理由
・死よりも、人生について考えよう──人生最後のときに思いをめぐらせても意味がない理由
・楽しさとやりがいの両方を目指そう──快楽の要素と意義の要素
◎自分のポリシーをつらぬこう──「尊厳の輪」をつくる その1
◎自分を守ろう──「尊厳の輪」をつくる その2
◎そそられるオファーが来たときの判断を誤らない──「尊厳の輪」をつくる その3
・不要な心配ごとを避けよう──不安のスイッチをオフにする方法
・性急に意見を述べるのはやめよう──意見がないほうが人生がよくなる理由
・「精神的な砦」を持とう──運命の女神の輪
・嫉妬を上手にコントロールしよう──自分を他人と比較しない
・解決よりも、予防をしよう──賢明さとは「予防措置」をほどこすこと
・世界で起きている出来事に責任を感じるのはやめよう──世の中の惨事を自分なりに処理する方法
◎注意の向け方を考えよう──もっとも重要な資源との付き合い方
・読書の仕方を変えてみよう──読書効果を最大限に引き出す方法
◎自分の頭で考えよう──イデオロギーを避けた方がいい理由
・「心の引き算」をしよう──自分の幸せに気づくための戦略
・相手の立場になってみよう──「役割交換」することのメリット
・自己憐憫に浸るのはやめよう──過去をほじくり返すことが無意味なわけ
・世界の不公正さを受け入れよう──自分の日常生活に意識を集中する
・形だけを模倣するのはやめよう──カーゴ・カルトの犠牲にならない
・専門分野を持とう──g「多才な人」より「スペシャリスト」を目指す
◎軍事競争に気をつけよう──競争が激しいところにわざわざ飛び込まない
・組織に属さない人たちと交流を持とう──組織外の友人がもたらしてくれるもの
・期待を管理しよう──期待は少ないほうが幸せになれる
◎本当に価値のあるものを見きわめよう──あらゆるものの90パーセントは無駄である
・自分を重要視しすぎないようにしよう──謙虚であることの利点
◎世界を変えるという幻想を捨てよう──世界に「偉人」は存在しない理由
・自分の人生に集中しよう──誰かを「偉人」に仕立てあげるべきではない理由
◎内なる成功を目指そう──物質的な成功より内面の充実のほうが大事なわけ
◆「Think Smart」
ロルフ・ドベ(安原実津訳)Think Smart 間違った思い込みを避けて、賢く生き抜くための思考法」、サンマーク出版(2020)
https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4763138022/opc-22/ref=nosim
・新年の抱負が達成できないわけ【先延ばし】
・「理由」がないといらいらしてしまうわけ【カチッサー効果】
◎比較しすぎると、いい決断ができなくなってしまうわけ【決断疲れ】
・「自分は大丈夫」と錯覚してしまうわけ【注意の錯覚】
・自分でつくった料理のほうがおいしく感じるわけ【NIH症候群】
・労力をかけたものが、大事に思えるわか【努力の正当化】
◎第一印象が当てにならないわけ【初頭効果と親近効果】
・ボーナスがモチベーションを低下させるわけ【モチベーションのクラウディング・アウト】
・「ありえないこと」を想像したほうがいいわけ【ブラック・スワン】
◎現状維持を選んでしまうわけ【デフォルト効果】
・ほかの人も自分と同じ考えているように思えるわけ【偽の合意効果】
・自分より優秀な人を採用したほうがいいわけ【社会的比較バイアス】
・地元のサッカーチームを応援したくなるわけ【内集団・外集団バイアス】
◎予定を詰め込みすぎてしまうわけ【計画錯誤】
・ほらで相手を納得させられるわけ【戦略的ごまかし】
◎計画を立てると心が安定するわけ【ゼイガルニク効果】
・反射的に思いついた答えは疑ったほうがいいわけ【認知反射】
・あなたが自分の感情の操り人形なわけ【感情ヒューリスティック】
・自分の考えに批判的になった方がいいわけ【内観の錯覚】
・最適なものを見逃す場合が多いわけ【選択肢の見逃し】
◎「知らずにいる」ということに対する感情が存在しないわけ【瀉血効果】
・数字は机上で改善できてしまうわけ【ウィル・ロジャース効果】
・小さな店舗が突出して見えるわけ【少数の法則】
・「スピード狂」の運転の方が安全に見えるわけ【治療意図の錯誤】
◎平均的な戦争が存在しないわけ【平均値の問題点】
・「拾ったお金」と「貯めたお金」で扱い方が変わるわけ【ハウスマネー効果】
・統計の数字よりも、小説のほうが心を動かすわけ【心の理論】
◎私たちが「新しいもの」を手に入れようとするわけ【最新性愛症】
・目立つものが重要なものだと思ってしまうわけ【突出効果】
・占いが当たっていると感じるわけ【フォアラー効果】
・満月のなかに顔が見えるわけ【クラスター錯覚】
・「期待」とは慎重に付き合ったほうがいいわけ【ローゼンタール効果】
・誰もヒトラーのセーターを着たくないわけ【伝播バイアス】
・あなたが常に正しいわけ【歴史の改ざん】
◎下手に何か言うくらいなら、何も言わないほうがいいわけ【無駄話をする傾向】
・「王者」になったほうがいいわけ【ねたみ】
・都合よく並べたてられたものには注意したほうがいいわけ【チェリー・ピッキング】
・プロパガンダが効果を発揮するわけ【スリーパー効果】
・ハンマーを手にすると、何もかもが釘に見えるわけ【職業による視点の偏り】
◎成功の決定的な要因が「運」であるわけ【スキルの錯覚】
◎知識が転用できないわか【領域依存性】
・お金を寄付したほうがいいわけ【ボランティアの浅はかな考え】
・行き当たりばったりで物事を進めたがらないわけ【曖昧さ回避】
◎敵には情報を与えたほうがいいわけ【情報バイアス】
・ニュースを読むのをやめたほうがいいわけ【ニュースの錯覚】
・危機が好機になることがめったにないわけ【起死回生の誤謬】
◎頭のスイッチを切ったほうがいいわけ【考えすぎの危険】
◎チェックリストに頼りすぎてはいけないわけ【特徴肯定性効果】
・「いけにえ探し」はやめたほうがいいわけ【単一原因の誤謬】
・「最後のチャンス」と聞くと判断が狂うわけ【後悔への恐怖】
・あなたの船を燃やしたほうがいいわけ【退路を断つことの効果】
◎学問だけで得た知識では不十分なわけ【知識のもうひとつの側面】
楡 周平「象の墓場」、光文社(2013)
お奨め度:★★★★★+α
世界的なエクセレントカンパニーであるコダックをモデルにしたと思われるグローバル企業ソアラ社の日本法人を舞台にした小説。資本主義、企業文化、価値感、イノベーション、技術、組織と人などについて非常に深く考えさせられる一冊。
小説と調査に基づく学術書を比較すべきではないことは重々承知しているが、クレイトン・クリステンセン先生の「イノベーションのジレンマ」以上のインパクトがあった。
特に、小説(ストーリー)という形でしか書けないと思われる全体の構造が見事に書かれており、現場で起こる現象がなぜ起こっているかを、断片的なステレオタイプの指摘ではなく、コンセプチュアルに把握できる。イノベーションや変革に携わっている方すべてに強くお奨めしたい。
今年の企業の出来事でインパクトがあったのは、コダックの倒産だ。コダックが倒産したときに、フィルムのビジネスモデルから抜け切れなかったと論評されて いた。それはその通りなのだが、1970年代初頭に2010年にはフィルムは無くなるというシナリオを描き、デジタルカメラを世界で最初に製品化した企業 でもある。さらにいえば、80年代にはケミカル事業というくくりで製薬会社を買収し、多角化を図っている(この小説のソアラ社もそのように設定されている)。こういう いくつかの事実を加えるとコダックの倒産はどう見えるのだろうか?
小説の中でソアラ社が歩んでいったのはイノベーションのジレンマそのものである。簡単にいえば、銀塩写真の品質を追い求めて、銀塩写真を起点にしたデジタル化戦略を実行しているうちに、銀塩フィルム市場そのものがデジカメでなくなってしまったというストーリーだ。
ポ イントはいくつかある。まず、最初に挙げたいのはフィルム市場が消滅するというシナリオに基づき、デジタル事業に着手するが、既存のビジネスモデルに捕らわれていること。フィルムは世界的にみて、寡占的な市場で、4社で独占している上に、ソアラ社は圧倒的なシェアを持っている。このフィルムのビジネスモデルが当時は秀逸で、1ドルで70セントの利益が出るというモデル。デジタル化の中でそのビジネスモデルを維持しても、1ドルで5セントの利益しか得られない。いくらコスト削減してもこれでは経営が成り立たない。
そこまでビジネスモデルに拘った理由は、2つある。一つは危機意識のなさ。2010年フィルム消滅シナリオが社内に公表され、研修などでマインドセットを変えようとしてもフィルムがなくなるという実感が持てなかったこと。21世紀に入って、市場規模が年率で 10%下がっても、まだ、銀板写真が消えると思わない社員が圧倒的に多かった。
もう一つはプロはデジカメなど使わないという思い込み。実はプロこそ、自分の仕事の道具として役立つものはいち早く使うんだということがサイドストーリーとして書かれている。
二つ目の理由は、ひとつ目の理由と深く関係するが、ビジネスモデルを変えようとしていないため、すべてのデジタル化施策がフィルムが起点になった技術開発に 終始していること。移行期だということで、銀板写真を自社の提唱するフォーマットのデジタルデータに変え、デジタルを家で見るというビジネスモデルでしか 展開を考えていない。さらに、そこにコンテンツを増やしていこうとしているが、まさに砂上の楼閣である。
三つ目はビジネスモデルよりもっ と大きな話で、「写真」という既存の概念(コンセプト)に捕らわれていること。つまり、写真はみんなでみたり、保存したりという発想から最後まで抜け出て いない。小説にはないがコダックが消えたのと、日本でソアラ社の参入を防いでいた富士フィルム(小説では東京フィルム)が新しい写真のコンセプトに順応し たのを比較すると対照的である。
四つ目はグローバル経営の失敗。本社の鶴の一声で戦略が変わる。日本だけが競合に後れをとっていることか ら本社直轄の研究所すらもあるとき即時撤退し、当時に日本ではありえなかった大量の内定取り消しという事態にまで及ぶ。日本ではこれだけで企業イメージは アウトだと思うが、それが分からない。
象徴的なのはプリクラだ。実はプリクラもアイデアそのものはソアラ社のデジタル化戦略の一つから生まれたものだ。しかし、ほぼ製品としては開発が終わったタイミングで、本社の戦略が変わり、結局、日本では他社が同じようなものをつくり、大きな市場を作った。
こ ういったグローバル展開の失敗の根底にあるのが投資家至上主義である。初期のデジカメ自体がそうだし、そのあとの製薬企業の買収、各種のデジタル化戦略な ど、すべて投資家への配当にしばられている。そのために非常に厳しい業績管理が行われているので、短期決戦である。短期決戦で結果が出ない施策は中止せざ るを得ない。
折角、70年代に秀逸なシナリオを描けていたにも拘わらず、結果として何もできなかったもっとも直接的な理由はこれだ。この 小説によると、日本でカシオがQV-10を出し、デジカメが普及してきても、グローバルには90年代は銀板フィルムの売上げは伸びている。従って、そちら が主体になる。まさにイノベーションのジレンマが起こっている。クリステンセンのイノベーションのジレンマには株主の話が軽くしか出てこないが、資本主義 の中でこの影響は大きいものがあるのだと思う。
この小説の主人公・最上栄介はこのような企業の中で90年代から奮闘したミドルマネジャーである。そして、最後はソアラに見切りをつけてナイキらしきスポーツ用品メーカに転職するが、その際に転職エージェントに指摘される。
「あなたは長年フィルムの衰退を知る立場にありながら、こうなるまで会社を捨てられなかった。管理者失格だ」
あなたなら、なんと答えますか?
ロバート・B・チャルディーニ(岩田 佳代子訳)「影響力の正体 説得のカラクリを心理学があばく」、SBクリエイティブ(2013)
お奨め度:★★★★1/2
ロバート・B・チャルディーニがセールスマンや広告主の世界に入り込み、人がどのような心理的メカニズムで動かされるのか解明した「影響力の武器」。世界的な大ベストセラーであるが、その後、世界各地の読者から寄せられたレポートを追加した、第2版、六つの原理を実社会で活用した50余りの事例をユーモアを交えて描き、人や組織から同意と承諾を得る方法を、社会の場面にあわせて個別具体的に解説した実践編、そして、理論を実証した本書に行きつく。
この本では、多くの影響力は恩義、整合性、社会的な証拠、好意、権威、希少性の6つのルールが支配しており、いずれのカテゴリーも基本的な心理学のルール にのっとっていて、そのルールが絶大な力で人を簡単に説得する。この6つのルールを1章に一つずつ取り上げ、人が“承諾”する心理を解き明かし、その活用法を解説している。
恩義(返報性)という概念は「お返し」をせねばならないという意識から承諾してしまう性質を指し、拒否したあとには譲歩するというドア・イン・ザ・フェイス・テクニックにも代表される。
整合性(一貫性)という概念は自分の言葉、信念、態度、行為を一貫したものにしようとする性質で、承諾の決定に対して一貫性への圧力が過度に影響することを明らかにする。
社会的な証拠(社会的証明)という概念は不確かさと類似性の二つの状況において最も強く働くもので、状況があいまいな時人は他の人々の行動に注意を向けそれを正しいものとして受け入れようとする性質と、人は自分と似た他者のリードに従う性質を持つということである。
好意では人は自身が好意を感じている知人に対してイエスという傾向があることを示し、身体的魅力がハロー効果を生じさせるため魅力的な人の方が影響力が強いことを述べる。
権威では権威からの要求に服従させるような強い圧力が社会に存在することを示している。
希少性では、人は機会を失いかけるとその機会をより価値あるものとみなすことを示し、希少性の原理が商品の価値の問題だけではなく、情報の評価のされ方にも適用できることを示している。
こ の本は影響力の武器と異なることが書かれているわけではないが、影響力の武器より読みやすい。ただ、6つのルールの訳語を微妙に変えているし、説明の表現 も変わっている。とりあえず、上に6つのルールだけは対応する言葉を書いておいたので、この本を読まれることがあれば、参考にしてほしい。
ライアン・ホリデイ(加藤恭輔解説、佐藤由紀子訳)「グロースハッカー」、日経BP社(2013)
お奨め度:★★★★★
話題のグロースハッカーの日本初の入門書。グロースハッカーとは顧客の確保と維持し、サービスを大きく成長させていく新しいマーケッタである。
グロースハッカーの実践者として、クックパッドでプレミアムサービスを担当している加藤恭輔氏がクックパッドの活動を例にとってグロースハックの解説をしている。
この本では、グロースハックをルールきっとではなく、「マインドセット」だとし、
ステップ1 まずは人が欲しがるものを作れ
ステップ2 自分なりのグロースハックを探して
ステップ3 クチコミを巻き起こせ
ステップ4 つかんだユーザーを手放すな
の4ステップで実践するとしている。
グ ロースハックのポイントは、製品開発とマーケティングの分断を取り除くことにある。これまでマーケッターの仕事は作られた製品を膨大な費用を使ってブラン ディングし、販売することだった。これに対して、グロースハックでは、製品自体がマーケティングをしてくれるような仕組みを作ることが多い。グロースハッ クの最初の例はマイクロソフトのHotmailであるが、ここでマイクロソフトがやったことは、メールの末尾に
「追伸 愛しているよ。ホットメールで君も無料メールをゲットしよう」
と表示することだった。これでメール自体が広告になった。このようにクチコミは設計されなくてはならない。
そして、製品は常に改善され、獲得した顧客を維持していく。これまでマーケティングにかけられていた膨大な費用はこの改善の開発にかけられる。
こ のようなグロースハックの活動ではマーケッターの仕事はPMF(Product Market Fit)へ到達していることだとしている。PMFとはリーンスタートアップで提案された概念で、MPV(Mimimun Product Value)からはじめて、最終的に目指すところである。
グロースハックはリーンスタートのようなインクリメンタルな製品提供に対する マーケティングの手法として考えらたものであると思われる。本書では、どんな分野でも適応できるといっているが、この言い方は100年前にフォードが「ど んな色でもありますよ。黒である限りは」といったのを連想させる。
反復リリースをする製品ならば、どんな製品でも従来の手法とは比べ物にならない威力を発揮するマーケティングの手法である。
同 時に、この議論は品質マネジメントの議論をそばにおいて議論することはできない。インクリメンタルな製品提供はリーンでは機能になっているが、本来、品質 マネジメントの方法として考えられてきたものだ。インクリメンタルな製品すべてに対応するにはこの点をどのようにカバーしていくかを考える必要がある。
この点も含めて、プロダクトマネジメントの方法としての体系化が求められる。
]]>マイケル・ダイムラー、リチャード・レッサー、デビッド・ローデス、ジャンメジャヤ・シンハ(御立 尚資監修、 ボストン コンサルティング グループ訳)「BCG 未来をつくる戦略思考: 勝つための50のアイデア」、東洋経済新報社(2013)
お奨め度:★★★★★+α
プロダクトポートフォリオマネジメントで知られるボストン・コンサルティング・グループが50周年を迎えるらしい。50周年に刊行された本がこれ。
彼らの叡智を
・変化対応力
・グローバリゼーション
・コネクティビティ(接続性)
・サステナビリティ(持続可能性)
・顧客視点
・組織能力向上
・価値志向
・信頼
・大胆な挑戦
・組織の力を引き出す
の11のテーマに分けて、50の論文を採録している。羅針盤ともいえるような一冊。
変化対応力では
1 なぜ戦略に戦略が必要なのか
2 アダプタビリティ(変化適応力)
3 エコシステム・ベースの優位性
4 アダプティブ・リーダーシップ
5 ケイパビリティ競争
の5編。グローバリゼーションは
6 グローバリティ
7 グローバル・チャレンジャー
8 新興国都市
9 欧米の知らない中国
10 アフリカのチャレンジャー企業
の5編。コネクティビティ(接続性)としては
11 デジタル・マニフェスト
12 渇望されるデータ
13 処理能力と携帯性の衝突
14 中国のデジタル世代3・0
の3編。サステナビリティ(持続可能性)は
15 サステナビリティ志向イノベーション
16 サステナビリティから実質的な消費者価値を生み出す
17 ニュー・サステナビリティ・チャンピオンの潜在的インパクト
の3編。顧客視点には
18 妥協からの脱皮
19 ブランドを軸とした変革
20 ビジネスモデル・イノベーションで新興国中間層をとらえる
21 「宝探し」消費
の4編。組織能力向上には
22 パフォーマンスの高い組織
23 組織ピラミッドの再構築
24 リーン生産方式から学ぶ
25 需要主導型サプライチェーン(DDSC)
26 プライシングを自在に操る
27 変革推進型IT組織
の6編。価値志向としては
28 エクスペリアンス・カーブ再考
29 「The Rule of Three and Four」
30 投資家としてのCEO
31 戦略を軸に企業価値を創出する
32 M&A後の統合マネジメント(PMI)への取り組みを強化する
33 回復力
の6編。ここが一番勉強になった。さらに、信頼として
34 ソーシャル・アドバンテージ
35 相互依存型信頼から評判へ
36 政治家の復権
37 コラボレーション・ルール
の4編。さらに、大胆な挑戦というテーマで
38 新しい箱で考える
39 シナリオ・プランニング再考
40 ビジネスモデル・イノベーション
41 バリューチェーンのデコンストラクション
42 タイムベース経営
43 低コスト・ビジネスモデル
44 ハードボール宣言
45 トランスフォーメーションをリードする
の8編。最後の、組織の力を引き出すには
46 ジャズvs.シンフォニー
47 プロービング(探針)
48 スマート・シンプリシティ
49 戦略的楽観主義
50 チェンジモンスターとの30年間から学んだこと
の5編が採録されている。
PPM のような古いテーマから、サステナビリティ志向イノベーションとか、エクスペリアンス・カーブ再考、回復力、スマート・シンプリシティなど新しいテーマも あるが、いずれも、圧倒されるようなクオリティだ。50本のタイトルで聞いたことがないものはなかったし、専門にしているものもいくつかあるが、たいへ ん、勉強になった。これがボスコンクオリティということだろう。
最後の論文として、チェンジモンスターとの30年間から学んだことという論文が採録されているのが非常に印象的である。
最近、マッキンゼーを描いた本が出たが、この本を眺めていると、マッキンゼーとボスコンの違いというのがよく分かる。経営の方向性を示すという意味では、ボスコンが圧倒しているように思う。
マネジメントの教科書代わりに一冊持っておくとよいだろう。
アーロン・シャピロ(萩原 雅之監訳、梶原 健司、伊藤 富雄訳)「USERS 顧客主義の終焉と企業の命運を左右する7つの戦略」、翔泳社(2013)
お奨め度:★★★★★
<紙版><Kindle版>
顧客主義ではなく、デジタル時代の卓越した企業の基本理念になると言われるユーザーファーストというコンセプトを示した一冊。
しっかりとした概念構築の上で、デジタル時代を勝ち抜いてきたさまざまな企業の事例を示しているので、コンセプトも分かりやすいし、実践の方法もイメージしやすい。
そもそもユーザーとは何か。本書におけるユーザとは顧客も含む概念で、
顧客、従業員、求職者、見込み客、パートナー、ブランドのファン、メディアのメンバー、そのほか影響力を持つ人(インフルエンサー)
だとしている。このように定義されたユーザは個別の異なる関心や目的を持つ一方で、各自の関心や目的を満たすことであれば簡単に手助けしてくれるという共通点を持つ。
このようなユーザに対して、惹きつけ、交流し、長期的な関係を気づくには、方法はひとつしかない。
シンプルさを提供する
ことだ。これが本書の前提である。
このような企業になることを「ユーザーファースト企業」と呼び、今、新しいエクセレントカンパニーのモデルになりつつあるという。このモデルには7つの要素がある。
(1)ユーザー中心の経営
(2)同心円型の組織体制
(3)使い捨てテクノロジー
(4)社会的使命に基づいた製品
(5)ユーティリティ・マーケティング
(6)TCPFセールス
(7)ハイブリッド・カスタマーサービス
の7つである。
ユーザー中心の経営のポイントは、ユーザビリティにある。ここでいうユーザビリティは、ソフトウエア、サービス、製品におけるユーザの使い勝手がよい、ユーザに喜びを与えることができるといったものである。
このようなユーザビリティを提供するには、安定した組織力が必要だとしている。そして、そのために経営者に求められる資質は
・本当に必要なもの以外を切り捨てる勇気を持つ
・地道なプロセスを軽視しない
・専門分野以外の勉強を欠かさない
・実現可能なビジョンを持ち、それをきちんと伝えていく
などであり、このような資質に基づいて、ビジネスゴール、ユーザ・ニーズ、技術的なフィージビリティのバランスが取れることが求められる。
二番目は、同心円型の組織体制である。ネット時代には人材は常に不足しているので、どんな社員であってもユーザと対等な対話ができるようにしなくてはならない。このために必要なのが、同心円型の組織体制である。
これは、社員が利用できるツールを開発できるデジタルコア、そのツールを使って、社外ユーザとのやりとりをするコミュニケータ、そして社外のユーザであるオーディエンスから成る組織である。
三 番目は使い捨てテクノロジー。デジタル時代は、ビジネスニーズもそれに対応するユーザの動向も急速に変化する。したがって、常に迅速な調整や変更ができる システムが要求される。このためには、容易に修正、変更、入れ替えができる使い捨てのテクノロジーを積極的に採用していくべきだと指摘している。
使い捨てテクノロジーに求められる要件は、
・置換性
・制御可能な相互運用性
・保全性
・更新可能性
・拡張性の確保
・スピード
の6つである。
四番目は社会的使命に基づいた製品である。今の企業は
・地理的制約の撤廃
・商品の民主化
・価格透明性
・品質のごまかしがきかない
という4つの課題を抱えており、それによってコモディティ化の拡大に悩まされている。これらの課題を解決するには、社会的使命に基づいて、消費者の生活の質を本当に改善する価値提供をするしかない。そのような価値提供は
・意思決定サービス
・補完するサービス
・デジタル&アナログの統合
・データによる差別化
の4つが考えられる。
五 番目はユーティリティ・マーケティング。デジタルでは、ユーザニーズや課題を解決できる場所をWeb上に作ることが有効なマーケティング方法である。人々 がインターネットを利用するのは、何かをみつけたい、最新情報を知りたいの2つであり、利用にあたってはトラフィックフレームワークを通る。
トラフィックフレームワークは、フィルタ、デスティネーションサイト(目的サイト)、企業や個人から情報を受け取る場所であるインボックスからなる。
六番目はTCPFセールスである。ユーザを顧客に変えるには、なぜ、その企業で買わなくてはならないかを明確にしなくてはならない。そのためのポイントになるのが、
T(trust):信用
C(convenience):利便性
P(price):価格
F(fun):楽しさ
である。
最後は、ハイブリッド・カスタマーサービスである。これからのユーザの満足を最大にするには、セルフ・サービスとフル・サービスという一見矛盾する二つのサービスを両立させなくてはならない。
以上の7つがユーザー・ファースト企業であるための要件である。
この本で展開されている議論は非常に正統な議論であり、納得性も高い。一方で、読んでいるうちに、難しいなという感じがしてきた。TCPFのモデルに5つのタイプがでてきて、モデル企業として、
アマゾン、ジップカー、アングリーバード、Zillow、ゴールドマンサックス
の5つが挙げられている。
これまでリアル世界のパラダイムで競争を勝ってきた企業が新しいパラダイムを取り入れて、勝ち続けているのはすごいことだと改めて思った。単に発想を変えればいいということではなく、組織が変わらなくてはならないので、大変だ。
組織を盾にとって、この考えはわが社には向かないなんていっていると確実にその企業は滅びていくだろうと思えるような大きな変化である。いずれにしてもデジタル社会では、ユーザーファーストでないと生き延びることは難しいと思える。
この本は基本的なコンセプトを提供してくれるので、自社ではどのように展開していけばよいかを考えながら読むと、面白さも増すだろう。
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電通コンサルティング「しくみづくりイノベーション」、ダイヤモンド社(2012)
お奨め度:★★★★★
facebook記事:「顧客を起点にビジネスをデザインする」
電通コンサルティングのMDBD(Marketing Driven Business Design)という戦略アプローチを解説した本。なのだが、内容はMDBDについて説明しているというよりも、このアプローチのフレームワークに沿って、いま、世の中でどういうやり方が注目されているかを非常に適切に解説しているビジネスモデルイノベーションの教科書といってよい内容の一冊。
稲垣 公夫「開発戦略は「意思決定」を遅らせろ! ─トヨタが発想し、HPで導入、ハーレーダビッドソンを伸ばした画期的メソッド「リーン製品開発」」、中経出版(2012)
お奨め度:★★★★
facebookページ:「ベールを脱ぐ「リーン製品開発」」
今、注目のリーン手法の中の「リーン」製品開発について、日本に紹介した稲垣公夫さんが一般のビジネスマン向けに解説した本。三部構成で、第1部では、食品加工機メーカ「村坂工業」の成長かリストラかというストーリーで、リーン製品開発のイメージを掴め、第2部が理論、第3部が事例紹介という構成になっている。第1部のストーリーを読んでみて、興味があれば第2部の理論を読み、使えると思ったら、第3部の事例で研究するというなかなか、考えられた構成になっている。