ボブ・バーグ、ジョン・デイビッド・マン(山内 あゆ子訳)「あたえる人があたえられる」、海と月社(2014)
お奨め度:★★★★★
ギバー(与える人)をテーマにしたビジネス小説で、2007年の刊行以来、20か国以上で出版されているベストセラー。
いわゆる成功本ではなく、自分自身や人間関係のあり方、生き方そのものを見直す機会を与えてくれる本である。
ギブ&テイクという考え方は古くからある。たまたま、この本と同時期にこれも名著の評判が高いアダム・グラントの「GIVE&TAKE」という本 も邦訳が出版された。
この本は、GIVE & TAKEの中でギバー(人に惜しみなく与える人)、テイカー(真っ先に自分の利益を優先させる人)、マッチャー(損得のバランスを考える人)のいずれが大 きな成功を納めることができるかを調査・分析をした本だ。詳しい内容はこちらの書評を読んで欲しい。
アダム グラント(楠木 建訳)「GIVE & TAKE 「与える人」こそ成功する時代」、三笠書房(2014)
ボ ブ・バーグの本の原題は「THE GO-GIVER」であり、日本語のタイトルのとおり、「与える人が与えられる」、つまり、TAKEが出てこない。GIVE&TAKEではなく、 GIVE&GIVENなのだ。
この本は、そのように関係性を捉えることよにって、相手や社会に価値を与えらることで、自らも与えられ、さらに与える喜びを感じることができる。そして、その先に成功があると述べている。
この本では、GIVE&GIVENの関係を作り出すためには5つの法則があるといっている。
第一の法則(価値の法則)
あなたの本当の価値は、どれだけ多く、受け取るものをあたえるかによって決まる
第二の法則(収入の法則)
あなたの収入は、あなたがどれだけ多くの人に、どれだけ奉仕するかによって決まる
第三の法則(影響力の法則)
あなたの影響力は、あなたがどれだけ相手の利益を優先するかによって決まる
第四の法則(本物の法則)
あなたが人に与えることのできるもっとも価値のある贈り物は、あなた自身である
第五の法則(受容の法則)
効果的に与える秘訣は、心を開いて受け取ることにある
こ の本の物語は、やり手のジョーという主人公が決算期をまじかにして大口の案件を失注し、予算達成に苦慮する。そして、人脈を求めて謎の上司に頼んでピン ダーという大物にコンタクトをとる。そこで、1週間、一つずつ法則を教えられ、実行していく。その旅の中で、一つ一つの法則の意味するところをジョーは理 解していく。
そして、予算達成はもちろん、ピンダーの秘書が出してくれた「レーチェルのコーヒー」をビジネスにし、大成功を収めるというものだ。
日本には情けは人のためならずという言葉があるが、GIVE&GIVENこそ、そのような世界観である。GIVE&TAKEのギバーと、こ の本の言っているギバーは似ているようにみえるが、回ってきたものをTAKE(GET)と考えるのか、GIVENと考えるかは大きな違いがあるように思える。
その辺を考えながら読んでみると面白いだろう。
楡 周平「象の墓場」、光文社(2013)
お奨め度:★★★★★+α
世界的なエクセレントカンパニーであるコダックをモデルにしたと思われるグローバル企業ソアラ社の日本法人を舞台にした小説。資本主義、企業文化、価値感、イノベーション、技術、組織と人などについて非常に深く考えさせられる一冊。
小説と調査に基づく学術書を比較すべきではないことは重々承知しているが、クレイトン・クリステンセン先生の「イノベーションのジレンマ」以上のインパクトがあった。
特に、小説(ストーリー)という形でしか書けないと思われる全体の構造が見事に書かれており、現場で起こる現象がなぜ起こっているかを、断片的なステレオタイプの指摘ではなく、コンセプチュアルに把握できる。イノベーションや変革に携わっている方すべてに強くお奨めしたい。
今年の企業の出来事でインパクトがあったのは、コダックの倒産だ。コダックが倒産したときに、フィルムのビジネスモデルから抜け切れなかったと論評されて いた。それはその通りなのだが、1970年代初頭に2010年にはフィルムは無くなるというシナリオを描き、デジタルカメラを世界で最初に製品化した企業 でもある。さらにいえば、80年代にはケミカル事業というくくりで製薬会社を買収し、多角化を図っている(この小説のソアラ社もそのように設定されている)。こういう いくつかの事実を加えるとコダックの倒産はどう見えるのだろうか?
小説の中でソアラ社が歩んでいったのはイノベーションのジレンマそのものである。簡単にいえば、銀塩写真の品質を追い求めて、銀塩写真を起点にしたデジタル化戦略を実行しているうちに、銀塩フィルム市場そのものがデジカメでなくなってしまったというストーリーだ。
ポ イントはいくつかある。まず、最初に挙げたいのはフィルム市場が消滅するというシナリオに基づき、デジタル事業に着手するが、既存のビジネスモデルに捕らわれていること。フィルムは世界的にみて、寡占的な市場で、4社で独占している上に、ソアラ社は圧倒的なシェアを持っている。このフィルムのビジネスモデルが当時は秀逸で、1ドルで70セントの利益が出るというモデル。デジタル化の中でそのビジネスモデルを維持しても、1ドルで5セントの利益しか得られない。いくらコスト削減してもこれでは経営が成り立たない。
そこまでビジネスモデルに拘った理由は、2つある。一つは危機意識のなさ。2010年フィルム消滅シナリオが社内に公表され、研修などでマインドセットを変えようとしてもフィルムがなくなるという実感が持てなかったこと。21世紀に入って、市場規模が年率で 10%下がっても、まだ、銀板写真が消えると思わない社員が圧倒的に多かった。
もう一つはプロはデジカメなど使わないという思い込み。実はプロこそ、自分の仕事の道具として役立つものはいち早く使うんだということがサイドストーリーとして書かれている。
二つ目の理由は、ひとつ目の理由と深く関係するが、ビジネスモデルを変えようとしていないため、すべてのデジタル化施策がフィルムが起点になった技術開発に 終始していること。移行期だということで、銀板写真を自社の提唱するフォーマットのデジタルデータに変え、デジタルを家で見るというビジネスモデルでしか 展開を考えていない。さらに、そこにコンテンツを増やしていこうとしているが、まさに砂上の楼閣である。
三つ目はビジネスモデルよりもっ と大きな話で、「写真」という既存の概念(コンセプト)に捕らわれていること。つまり、写真はみんなでみたり、保存したりという発想から最後まで抜け出て いない。小説にはないがコダックが消えたのと、日本でソアラ社の参入を防いでいた富士フィルム(小説では東京フィルム)が新しい写真のコンセプトに順応し たのを比較すると対照的である。
四つ目はグローバル経営の失敗。本社の鶴の一声で戦略が変わる。日本だけが競合に後れをとっていることか ら本社直轄の研究所すらもあるとき即時撤退し、当時に日本ではありえなかった大量の内定取り消しという事態にまで及ぶ。日本ではこれだけで企業イメージは アウトだと思うが、それが分からない。
象徴的なのはプリクラだ。実はプリクラもアイデアそのものはソアラ社のデジタル化戦略の一つから生まれたものだ。しかし、ほぼ製品としては開発が終わったタイミングで、本社の戦略が変わり、結局、日本では他社が同じようなものをつくり、大きな市場を作った。
こ ういったグローバル展開の失敗の根底にあるのが投資家至上主義である。初期のデジカメ自体がそうだし、そのあとの製薬企業の買収、各種のデジタル化戦略な ど、すべて投資家への配当にしばられている。そのために非常に厳しい業績管理が行われているので、短期決戦である。短期決戦で結果が出ない施策は中止せざ るを得ない。
折角、70年代に秀逸なシナリオを描けていたにも拘わらず、結果として何もできなかったもっとも直接的な理由はこれだ。この 小説によると、日本でカシオがQV-10を出し、デジカメが普及してきても、グローバルには90年代は銀板フィルムの売上げは伸びている。従って、そちら が主体になる。まさにイノベーションのジレンマが起こっている。クリステンセンのイノベーションのジレンマには株主の話が軽くしか出てこないが、資本主義 の中でこの影響は大きいものがあるのだと思う。
この小説の主人公・最上栄介はこのような企業の中で90年代から奮闘したミドルマネジャーである。そして、最後はソアラに見切りをつけてナイキらしきスポーツ用品メーカに転職するが、その際に転職エージェントに指摘される。
「あなたは長年フィルムの衰退を知る立場にありながら、こうなるまで会社を捨てられなかった。管理者失格だ」
あなたなら、なんと答えますか?
百田 尚樹「海賊とよばれた男」、講談社(2012)
お奨め度:★★★★★
出光佐三をモデルにした小説。主人公は異端の石油会社「国岡商店」を率いる国岡鐵造。これまで読んだ経済小説の中では間違いなくベスト。小説として脚色している部分もあるのだろうが、ほぼ、事実に基づいており、まさに事実は小説よりだ。
「国岡商店」の成功は国岡鐵造のリーダーシップによるところが大きいが、ポイントは3つあるように思う。一つは、国岡鐵造の実践するタイムカートなし、出 勤簿なし、馘首なし、定年なしという絶対的「人間尊重」の経営だ。二つ目は卸などの中間流通を設けない、「大地域小売業」だ。大地域小売業は日本全国津々 浦々に直営店を設けて、中間搾取なしに消費者に低価格で商品を提供するシステムだ。そして、三つ目は、社会貢献である。戦争や権力に批判的でありながら、 その命令が消費者のためになるならば積極的に従う懐の大きさである。
一番目の難しさはよく分かると思う。今だの実現している企業はほとん どないことだ。国岡商店が米国の石油メジャーという強力な競合からおそれられたのはまさにこの点だった。よく働き、動きが早い。戦後すぐに、石油配給の統 制が行われ、GHQは海軍が使っていたタンクの底を浚わない限り、新しい石油は入れないという嫌がらせをしてきた。軍でさえできず、主たる石油会社がしり 込みをした中で、国岡商店はやり遂げる。過酷で、生命の危険さえある仕事を嬉々として行う。この源泉にあるのは、国岡鐵造の人間尊重の経営で生まれた国岡 鐵造への信頼と、国岡商店への愛だ。そして、タンクの作業の様子は、官僚、同業者、金融マンなど、内外の多くの人が目の当たりにすることとなり、国岡商店 は信頼され、それが国岡鐵造の直面する問題の解決に役にたっていく。
そして、国岡商店の理念が「大地域小売業」だ。国岡鐵造が店員から信頼される大きな理由はぶれない姿勢にあった。そしてその軸が、大地域小売業の理念に基づく徹底的な消費者志向だ。
今 ではインターネットと物流の高機能化により当たり前になりつつあるが、20年前までは製造業と流通は明確に分かれており、行政の産業施策の前提になってい た。それ故に、大地域小売業を追求すると行政や業界との軋轢が生じ、国岡鐵造の人生は行政や業界との戦いの人生だった。
人間尊重と大地域小売業を徹底的に実践しようとすると、問題の連続になる。そして、国岡商店は国岡鐵造の強い意志とリーダーシップにより問題を解決するたびに成長していく。これはまさに不可能を可能にする連続である。
戦前は帳合をかいくぐる海上での灯油販売(海賊と呼ばれた理由)、満州鉄道におけるメジャーとの戦い、終戦後は、戦争で事業基盤が破壊された会社に一人残らず再雇用したことから始まり、石 油タンクの浚い、業界からの締め出し、日本市場を巡るメジャーとの戦い、タンカーの保有、イランからの石油の輸入、官による生産調整が招いた経営危機など の困難を、どんどん、切りぬけていく。
そして、消費者のためにという姿勢と同時に、問題解決の推進力になったのが、三番目の社会貢献であ る。国岡鐵造のブレナイ意思決定の根源にあったのが、社会貢献であり、すべては国のためになるかどうかで判断をしていた。もちろん、それが社会的な意味で 消費者のためになることが大前提であり、国の命令も消費者のためにならなければ徹底的に戦った。
成功要因と意味でいえば、日田重太郎とい うエンジェルの存在を欠かせない。この小説では実名で登場している。日田重太郎は資産家で、資産の一部を処分し、開業資金を提供する。結果、親族から冷たい目で見られ、故郷に住めなくなり、流浪の人生を送るが、国岡を信じる。そして、成功した国岡が経済的な面倒を見る一方で、国岡のメンターになる というよい関係を一生続ける。
僕の中で、出光佐三氏は印象深い人物だ。理由は二つある。一つは出光が日本で最初に作った石油精製 所である徳山のプラントが非常に身近なものだったこと。徳山は海が見え、非常にきれいな街だ。そこに石油プラント(のちにコンビナートができる。これも日 本で出光が最初に作った)ができたわけだが、景観を崩していない。小学校のときに社会見学に行ったことがあるが、工場とかプラントというイメージではな かったのが印象的で、とてもよい印象を持っている。
ちなみに、このプラントを作るところのストーリーはすごい。2~3年かかるという見積もりに対して、国岡は人間でも子供が生まれるまでに10か月なので、10か月で完成させろといって譲らない。日本の業者も米国の技術者も不可能だという中で始まる。国岡の思いを汲んでだんだんチームとしてまとまり、業者は24時間体制で作業をするようになる。米国人も24時間体制を自発的に作り、絶対不可能な10か月で完成させてしまう。
二つ目は大学。僕の出身校の神戸大学には出光佐三記念六甲台講堂というのがあるが、出光佐三氏は OB(神戸高商)である。この小説を読んでいると、加護野忠夫先生の顔が浮かんでくる。ほかにもこのような価値感に共感されている先生が多いように思う。 日本型経営といえば、日本型経営だが、松下幸之助や出光佐三氏の影響を受けているのかもしれない。
神戸高商時代の話を読んでいると、人間 尊重も大地域小売業を考える出光は異色の存在だったようだ。こういう価値観を作った一つの要因は出光佐三氏なのかもしれない。そう思って読んでみると、大 学のときにいろいろな先生から聞いたことと、この小説の内容が関連することが多々あり、その意味でも面白い小説だ。
]]>有川 浩「県庁おもてなし課」、角川書店(2011)
お奨め度:★★★★(注:小説としての評価ではありません、ビジネス書としての評価です)
有川浩さんの「恋する観光小説」。小説であるが、昨年から大ブレーク中の「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」と同じくらい、ドラッカーのマネジメントの勉強になる。「マネジメント」だけでなく、マネジメントをベースにした非営利組織のマネジメントの勉強にもなる。
僕はドラッカーのもっとも大きな功績は、非営利組織のマネジメントについて体系的にまとめたことだと思っている。この著作だ。「非営利組織の経営」。もちろん、「マネジメント」の発明という大きな仕事があり、その上に立脚するものである。21世紀においてこの仕事は高く評価されるのではないかと思う。
また、非営利組織の経営の考え方に従って、ミッションマネジメントを具体的に展開するためのツールを提供する
ピーター・ドラッカー、ギャリー・スターン (田中 弥生監訳)「非営利組織の成果重視マネジメント―NPO・行政・公益法人のための「自己評価手法」 」、ダイヤモンド社(2000)(1995年の改版)
があることも素晴らしい。この本は、5つの質問に注目した書籍「The Five Most Important Questions You Will Ever Ask About Your Organization」の邦訳が、上田惇生先生の訳で、2009年に
ピータードラッカー「経営者に贈る5つの質問」、ダイヤモンド社(2009)
として出版されている。これは、まさに、ボランタリーな精神の経営が重要になってきていることを意味するものだろう。
前置きはここまでにして、
もし、県庁職員がドラッカーの「非営利組織の経営」を読んだら
という副題をつけたくなるような小説が登場。作者は、図書館戦争シリーズで注目され、最近では、「フリーター、家を買う」が連ドラになったり、「阪急電車」が映画化されたりで大ブレークしている有川浩さん。
実際に存在する高知県の「おもてなし課」を舞台にした小説。プロットは有川浩ワールド。高知県庁観光部の「おもてなし課」が、何をしようかということで、とりあえず、着手したアイデアが多くの自治体がやっている県出身の有名人の観光特使。観光特使の一人が、有川さん自身がモデルだと思われる吉門喬介。吉門喬介は観光特使を引き受けるが、お役所仕事にいろいろと注文を付け、アドバイスを送る。そして、おもてなし課をモデルにした新聞連載小説の執筆取材を口実に深く、関与していく。
小説なので、筋書きの説明はやめておくが、吉門や吉門推薦のコンサルタントを中心に、おもてなし課は「お役所」から、ミッション達成軍団に変身していく。
そこに描かれている姿は、まさにもしドラと同じものだ。ドラッカーの著作を引用して謎解きをしていくスタイルではないが、5つの質問に一つ一つ答え、着実に変化していく。その中に、有川ワールドの恋愛あり、親子のふれあいありだ。
ストーリーのパワーを感じさせる一冊でもある。もしドラと同じくらい勉強になる。非営利組織に勤務する人よりは、役所と同じDNAを持ちながら、欧米式のマネジメントを取り入れようとして、あまり、すっきりしていない日本企業のマネジャーやエグゼクティブにぜひ読んでほしい。
池井戸 潤「下町ロケット」、小学館(2010)4093862923
「一階に現実、二階は夢。そんな人生を僕は生きたい」
そんな想いを持つ技術開発型中小企業の社長の奮闘を通して、日本を支える中小企業の技術経営の難しさと、おもしろさを描いた一冊。著者の池井戸氏は、三菱銀行の出身で、銀行や、大企業の考え方を熟知しており、リアリティのある状況設定と、それを打ち破っていく主人公の活躍に、技術経営の現実と本質を読み取ることができる。
著者は銀行もの意外にも、ゼネコンの談合システムの破壊を描いた「鉄の骨」、三菱自動車のトラックの脱輪事件を描いた「空飛ぶタイヤ」など、リアルな企業ものが得意であるが、中でもこの下町ロケットは群を抜いて面白いし、中小企業にとってリアルな現実問題を解決していくストーリーは胸がすく。
主人公の佃航平は大学で7年、宇宙科学開発機構の研究員として2年、全力を傾けて開発したロケットのエンジンを開発してきたが、ロケットの打ち上げはエンジンのトラブルによって、失敗に終わる。その責任を取る形で、佃は機構から離れ、父親の起こした佃製作所を継ぐ。佃製作所は父親の時代には電子部品を得意としていたが、佃が社長になってからは、エンジンやその周辺デバイスを手がけるようになった。業績も順調で、継承してから売上げを3倍にするとともに、エンジンに関する技術は大企業をもしのぐという評判を得る企業に成長していた。
ある日、佃製作所は得意先から突然の取引の縮小を宣言される。縮小量は自社の売上げの10%を越える。メインバンクに運転資金の追加融資を申込むが、メインバンクはいい顔をしない。ロケットエンジンの研究開発に多額の研究費を投入していることが融資のネックになっており、銀行はビジネスの芽のないロケットエンジンの研究開発への投資を絞るように要求している。しかし、佃は、ロケットエンジンの研究開発の知見が、民生向け製品のエンジンの優位性に結びついているとして耳を貸さない。
そんな佃製作所に追い打ちをかけるように、稼ぎ頭の小型エンジンに知財の問題が発生する。競合のナカジマ工業から特許侵害を訴えられ、年間売上げに匹敵するような賠償金を請求される。しかも、その対象は開発当時に同社から問題を指摘され、話合いを行い、問題なしという合意をした技術であった。ナカジマ工業の訴訟は、顧問弁護士事務所と提携した戦略的なものであり、狙いは裁判を長期化させ、兵糧攻めにし、佃製作所(の技術)を手に入れることにあった。
ナカジマ工業の発表により、佃製作所が特許侵害を訴えられていることは、顧客やメインバンクに知れ渡ることになる。顧客は小型エンジンの発注をキャンセルし、資金繰りがますます悪化する。銀行は、ますます、融資のハードルを上げる。競合企業の思惑通りの状況になっていく。
このような状況において、佃製作所に救いの手をさしのべたのは、ベンチャーキャピタルだった。ベンチャーキャピタルは佃製作所の技術や製品を高く評価し、投資に応じてくれる。一方で、佃製作所は知財を専門とする弁護士を見つける。この弁護士は、競合の顧問弁護士事務所の出身で、その法廷戦略に疑問を持つとともに、手の内も知っていた。彼の力を得た佃製作所は、法廷戦略を練り、他の特許侵害で逆にナカジマ工業を告訴し、勝訴する。また、訴えられていた小型エンジンの訴訟も和解し、膨大な損害賠償金を得て、倒産の危機から脱出する。
佃製作所とナカジマ工業が戦っているのと時を同じくして、ロケットビジネスを手がけている帝国重工ではあってはならないことが起こっていた。社長の肝いりのスターダスト計画で、開発したエンジンのバルブ技術が、佃製作所の持つ特許を侵害していることが分かったのだ。
当初は、ナカジマ工業と結託し、佃製作所の特許の買い取りを目論むが、ナカジマ工業の失敗により、その道は閉ざされる。再開発すれば、計画は確実に遅れる。そこで、佃製作所に特許の使用の申し出をする。天下の帝国重工が、名もしれぬ中小企業の佃製作所に特許使用を依頼したのだから、二つ返事で引き受けると思っていた。事実、佃製作所では、受けるべきだという意見が多かった。
しかし、最終的に佃の出した答えは違った。特許の供与でなく、部品の供与を申し出た。当然、相手にされない。しかし、佃製作所が特許の供与を認めない以上、帝国重工は、スケジュール延期か、部品の受け入れの二者択一の選択を迫られる。
結局、帝国重工は部品の供与を選択した。ただし、その前提は、ベンダーテストに合格することだった。
一方で、佃製作所も一枚岩ではなかった。リスクの高い部品供給のビジネスよりは、確実に利益になる特許の使用を認め、その利益を社員への報酬にあてるべきだと考えるグループがあった。そのため、帝国重工のベンダーテストを全社一丸になって合格しようという雰囲気ができないままに、テストの突入する。
テストの際の帝国重工の見下した態度に、部品供給に反対しているグループもなんとか鼻をあかしてやろうと団結する。そして、見事にテストに合格し、部品供給ベンダーとして認定される。
その後も紆余曲折があるが、なんとか、佃製作所の提供するバルブを使ったエンジンの開発に成功し、そのエンジンを使ったロケットの打ち上げに成功する。
かくして、佃航平は、宇宙科学開発機構時代のリベンジを果たすことになる。
以上があらすじだが、この小説の一番のポイントは、中小企業が身の丈に合わない、当面使う当てのないエンジンの開発をすることの是非であろう。これによって、民生向けの製品が高度化する一方で、ビジネスリスクは大きく、特に銀行の評価は下がる。このトレードオフをどう解消すればよいのだろう。
実は、僕もコンサルタントとして数回、同じような状況に出くわしたことがあるが、この判断は難しい。おそらく、分析的に考えても答えはでない。決断をしなくてはならない。
この小説の中で佃航平の部品供給を申し出るという決断の背中を押したのは、メインバンクから出向している部長の「10年先にどちらがよいかを考えよう」という一言だった。まさに、そういう決断なのだ。
この決断の背景にあるのが、
「一階に現実、二階は夢。そんな人生を僕は生きたい」
という考え方だ。特に中小企業であれば、夢だけでは生きていくことができない。現実に迫られる。しかし、同時に夢を持たなくては成長できないし、未来もない。じり貧になって、いつか消滅するだけだ。これを2階建てにすることによって、両立することは頭で分かっていても中々できることではない。
実は大企業でも最近はこの問題を抱えている。ビジネスのサイクルが早くなって、現在の利益と将来の収益源の確保を両立させないとやっていけない。この本はそのようなマネジメントにヒントを与えてくれる。プロジェクトを企画する立場の人や、プロジェクトマネジャーに読んでほしい小説である。
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ロバート・オースティン、リチャード・ノーラン、シャノン・オドンネル(淀川 高喜訳)「ビジネスリーダーにITがマネジメントできるか -あるITリーダーの冒険」、日経BP出版センター(2010)
お奨め度:★★★★★
ITマネジメントのケースメソッドのためのケースブック。一般的なケースブックと趣を異にする点には、全体が、550ぺーじにも渡るストーリー仕立てになっていて、一つのストーリーによってITマネジメント全般にわたるケースセッションを実施できること。それから、もう一つはいくつかの章には、「知識」の提供をしていることがある。
この2つの特徴により、単にケースセッションの教材として使うことができるだけではなく、著者たちが勧めているように、(大学教員のようなプロのディスカッションリーダーがいなくても)自分たちで議論をしながら読み進め、その議論を通じていろいろな気づきを得るという使い方ができると思われる。
ストーリーそのものもおもしろいし、最後に、考えさせられるどんでん返しも準備されており、とりあえず、購入し、ビジネスストーリーを読む感覚で楽しんで読み、その後で、どう使うかを考えるという二度味わうことをお奨めしたい。
この本を気持ちよく読むには、ケースメソッドとは何かを理解しておく必要がある。ケースメソッドの起源はハーバード大学のロースクールで行われていた「判例を用いることによって模擬裁判を行うといった討議形式で行われていた授業である。ロースクールでは、判例を「ケース」とし、その法律がどのように解釈され適用されたかが討議している。目的は、知識を得ることではなく、繰り返しケースによる討議をすることにより、法律適用の思考プロセスを習得することにある。
ハーバードビジネススクールでは、この教育手法をマネジメントの分野にも適用した。マネジメントにおいては、マネジメント課題に対し自分がその当事者であったとすればどのような意思決定を下すのか、その思考過程を繰り返しトレーニングすることによって、マネジャーとしての、判断を行う力や実行する力を強化することを目的としている。
混乱しがちであるが、ケースメソッドは知識を得ることが目的ではない。事例を分析し、その事例から知識を得ようとするケーススタディと呼ばれるトレーニングの手法とは似て非なるものである。
この本はケースメソッドのためのケースブックである。基本的な作りは、ITマネジメントの7つの分野において問題が発生し、その問題に対してCIOが仮説を作って、仮説に基づく行動を起こすところまでで終わるようになっている。つまり、その仮説が正しかったかどうかは、基本的に書籍の中では記述されていない。それが正しかったかどうかは、読者が判断する。そのために、どのような議論をすればよいかが示されており、そのポイントを議論することによって、初めてこの本を読む価値があるという作りになっている。この点はよく理解しておいてほしい。
◆ITマネジメントの7つのシステム
さて、内容だが、著者たちはITマネジメントを7つのマネジメントシステムに分けている。
(1)コミュニケーションシステム
(2)人材マネジメントシステム
(3)コストと価値に関するITアカウンティングシステム
(4)プロジェクトマネジメント/インプリメンテーションシステム
(5)ベンダーマネジメントシステム
(6)インフォメーションストラクチャーマネジメントシステム
(7)成長分野の探索と分析
の7つである。
◆主人公
物語の主人公は、ジム・バートン。ベンチャー企業から急成長した金融サービス企業IVKで、中核のローンビジネスを率いていた。業績不振に陥ったIVKの立て直しをミッションとするCEOのカール・ウィリアムスから、突然、CIOを任命される。その辞令を不本意ながら受け入れたバートンは、まったく、分からない領域で、柔軟な発想で、ITサービスの立て直しに取り組んでいく。
その中で、2人のメンターに出会う。一人はガールフレンドのマギー・ランディス。優秀な経営コンサルタントであり、幾度となく、貴重な、洞察に富むアドバイスを与える。もう一人が21歳の若者。「ヴィニーのバー」でバートンと出会うコンピュータ大好き人間。しかし、マネジメントの観点から鋭いアドバイスをする。
◆物語のあらすじ
バートンが最初に取り組んだことは、CIOとは何かということを明確に、ビジョンを持つことだ。そこでバートンが打ち出したビジョンは
ITマネジメントとマネジメントである
というもの。このパートで、この本では、以下のような設問をしている。
・なぜ、カール・ウィリアムスは、技術のバックグランドを持たないマネジャーであるバートンをCIOにしようとしたのでしょうか
・もし、あなたがバートンならCIOの仕事を受けますか
・IVK社の企業概要は、会社の状況について何を物語っていますか
・新CEOのカール・ウィリアムスの率いる新マネジメントチームにIVK社が期待しているものは何ですか?
非常によい設問だと思う。
さて、ストーリーに戻るが、このビジョンを持ち、IT部門のメンバーに接していくうちに、リーダーシップについて考えることになる。そこでメンターのアドバイスにより、
スキルと才能のマネジメント/キーとなるスキル、キーとなる貢献者
を明確にすることが課題であることに気づく。この課題に対しては早急な手が打てないでいるうちに、経営のリーダーシップチームからの要請により、ITの価値について考えざるを得なくなる。これまで、ITの予算は事業部門が持っていた。そのため、業務イニシャティブが事業部にあり、IT部門は自身のサービスに課金するという構造になっていた。このことがIT部門の業務の統制をする上での障害になっていたが、これをIT部門に取り戻そうと考える。
そこで、ITの価値の問題に直面する。ITの価値は何か?ここで、
競争対品質向上(CvsQ)
というコンセプトに行き着く。また、ITマネジメントのリーダーシップ(成熟度)についても考えることになる。
CvsQのフレームワークで仕事の価値を分析する試みは取締役会に支持された。
次に遭遇したのは、プロジェクトマネジメントの問題である。ここでは、伝統的プロジェクトマネジメントか、ジムハイスミスのいうアジャイルプロジェクトマネジメントかという問題に遭遇する。そして、CvsQのコンセプトを用いて、プロジェクトマネジメントの適用の方針を得る。
その中で、行き詰まったプロジェクト(IRプロジェクト)からの撤退を考えることを余儀なくされる。そこで、バートンは撤退の意思決定をする。
つぎに、CvsQのコンセプトに基づき、プロジェクトの優先順をつける仕組み作りを検討する。IT化の予算をIT部門が一元管理するデメリットに気づいたバートンは、予算を事業部に残したままで、プロジェクトの優先順位をつけるプロセスを透明化することを提案し、リーダーシップチームの了解を取り付ける。そして、ここまででまとめたITガバナンスの仕組みを取締役会にプレゼンし、支持を取り付けた。
バートンのIT部門改革は順調に進んでいたが、アナリストミーティングの直前にトラブルが発生する。おそらくはハッキングだと思われるが、ディスクロージャーを巡って、CEOのカール・ウィリアムスと対立する。IT部門は業務を止め、対策を打つことを提案するが、カール・ウィリアムスはディスクロージャーしないといい、バートンは窮地に追い込まれる。結局、2人の主要ディスクロージャー賛成者をクビにし、ディスクロージャーしないままで前に進む。カール・ウィリアムスの方針は、結果として成功するが、ダメージを残した。
バートンは、ウィリアムスの信頼を取り戻す必要に迫られる。このために、ステークホルダコミュニケーションの戦略化に取り組む。また、これと前後して、Web2.0の技術によって、実はトラブルが社員によってリークされていたことが判明し、新しい技術にどう対処するかについても検討をせざるを得なくなる。
次に出会った問題は、先に中断したIRプロジェクトの再開である。そのためにベンダーマネジメントの仕組みを考えることになる。また、このプロジェクトにおいて、エース社員が社外のオープンソースボランティアに関わっていることが判明。他の10倍のパフォーマンスを持つ人材の取り扱いについて考えることになる。
このような問題をそれなりに解決しながら、バートンは成長戦略を考えたくなる。そこで問題になったのが標準である。標準とイノベーションを両立させ、ITによる企業の成長戦略を描く方法に悩む。ここでも、やはり、CvsQのコンセプトが役立つ。
バートンがCIOとしての実績を上げることにより、ウィリアムスの信頼を回復する。その中で、バートンはリスクマネジメントの提案をする。そして、ウィリアムスはリスクマネジメントの提案を素直に受ける。リスクマネジメントの構築は信頼の上で初めて可能になる。そして、ウィリアムスは、バートンに次のCEOへの指名を示唆する。
物語はこのあと、もう一つあるのだが、あらすじの紹介はここまでにする。後は、本を読んでほしい。
◆この本の使い方
最後にもう一度、繰り返しておくが、この本は基本的にはケースメソッドのためのケースである。バートンの行動が正しいと考えて読む本ではない。バートンの行動に対する議論もあるし、また、僕が彼の立場ならそういう行動をとらないという部分もかなりある。
この本は、実際にハーバードビジネススクール「情報サービスの提供」エグゼクティブプログラム、ワシントン大学フォスタースクールオブビジネス、コペンハーゲンビジネススクールなどのクラスで使われている本である。クラスで使う場合には別途、教育用のノートとインストラクションガイドが利用できるそうだ。
ただし、記述が詳細であり、特に、主人公のCIOの心理描写が詳細であるため、ケーススタディの教材としても有用である。その場合、ケースメソッドの設問を、分析視点とすればよいだろう。
]]>岩崎 夏海「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」、ダイヤモンド社(2009)
お奨め度:★★★★1/2
放送作家から、ビジネスのマネジャーへという異色のキャリアを持つ著者が、ドラッカーの「マネジメント」を高校野球という舞台で実践する様子をエンターテイメントとして書いた一冊。
主人公は女子マネージャーの川島みなみ。将来、プロ野球選手になることを夢見てリトルリーグ活躍するが、次第に男子に太刀打ちできなくなり、野球をあきらめる。そのため、野球を嫌うが、病気の親友の宮田夕紀のために野球部のマネージャーになり、「甲子園にいく」というビジョンを持つ。
マネージャーになったみなみは、マネージャーの仕事を学ぶために書店にいき、偶然、トラッカーの「マネジメント」を手にとる。
ピーター・ドラッカー(上田 惇生編訳)「マネジメント - 基本と原則 [エッセンシャル版]」、ダイヤモンド社; エッセンシャル版(2001)
そして、他に頼るものがないまま、マネジメントを読み込み、野球部の革新を行う。まず、みなみが取り組んだのは、
・野球部の定義
だった。まず、
・野球部の顧客は誰か、顧客は何を求めているのか
という問題だった。この問題に対して、顧客はすべてのステークホルダであり、顧客は「感動」を求めているという答えを出す。次に、目標。これは、「甲子園にいく」ことだ。その答えが見つかったとき、すでに顧客の、現実、欲求、価値からスタートするマーケティングをすでに取り組んでいることに気づく。
野球部のマーケティング活動を本格化するために、みなみは「お見舞い面談」と称して、入院している夕紀と部員の対話を企て、部員が野球部に求めるものを探ろうとする。この活動はテーマを変え、最後まで続くことになる。
野球部員という顧客の求めるものは、そう簡単に把握できなかったが、その中で、あることに気づく。監督の加地誠は、試合中の投手の気持ちを理解できない采配のエースの浅野慶一郎と対立していた。加地は、大学まで野球をやり、知識もあり、論理派である。しかし、慶一郎をはじめとして、部員とのコミュニーションがうまくできない「専門家」だった。
そんなときに、マネジメントの以下のフレーズに出会う。
専門家が効果的であるためには、マネジャーの助けを必要とする。マネジャーは専門家のボスではない。道具、ガイド、マーケティング・エージェントである。逆に、専門家はマネジャーの上司となりうるし、上司とならなくてはならない。教師であり、教育者でなくてはならない。
この言葉を読んで、みなみはマネージャーとして、加地の通訳になろうとする。そして、加地に慶一郎との話し合いを求めるが、加地は相手にしない。手探りのマネジメント活動を続けるうちに、春の甲子園出場をかけた秋の大会で決定的な出来事が起こる。
野手のエラーをきっかけにストライクが入らなくなった慶一郎は、四球を連発し、コールド負けをする。反省会で慶一郎はふてくされて四球を出していると避難される。それを加地がかばったことにより、慶一郎の態度が変わる。それまで練習をしなかったのが、真剣に練習をするようになった。これが野球部が変わるきっかけになった。ちょうど同じころ、将来の起業のために野球をやっている、しかし、下手でレギュラーになる見込みがない、二階正義がマネジメントに専念したいと言いだし、もうひとりの女子マネジャー北条文乃とマネジメントチームを組み、加地をサポートする。
次に行ったことは、自己目標管理を持ち込むことと、練習に競争を持ち込むことだった。これが効果があった。
また、マネジメントの教えにより、社会への貢献について考えるようになる。その結果、陸上部やブラバン、吹奏部との交流、地域への貢献として少年野球の指導、大学との交流を行い、相互に学び、実力を上げていく。
いろいろやってみても一朝一夕にトップの実力になるものではない。そこで、イノベーションを考え、違うルールでの競争を展開しようとする。それは加地の持論である「送りバント」、「ボール球を打たせる投球術」への疑問からくる、投球と打撃のイノベーション「ノーバント・ノーボール作戦」の導入であった。
そして、夏の大会が近づいてきた。まだ、十分な実力とはいえない。そこで行ったことは「ストライクとボールに見極める」打撃と、「エラーを恐れない」守備に集中する。これは、「ノーバント・ノーボール作戦」という戦略ときちんと整合している。
このポイントは試合でも効を奏し、見事に甲子園出場を成し遂げる。
こんな話だ。ドラッカーのマネジメントを見事に解説している。おもしろと思ったのは、マネジメントにはすでに手垢がついている。つまり、ビジネス上の慣行に引っ張られているのだ。その典型が、マネジャーの役割だろう。
この点について、ビジネスとはまったく縁のない高校野球を例にとって、本質に迫っていることだろう。深く、難解なドラッカーをこういう手法で解説するというのはすばらしいと思う。
小説そのものも放送作家出身の著者だけあって、ビジネス小説独特の、とってつけたような感じはまったくない。エンターテイメントとして楽しむことができる。その点もすばらしい一冊である。
マネジメントをしなくてはならない人、すべてに読んで戴きたい本である。
]]> 楡 周平「プラチナタウン」、祥伝社(2008)
お勧め度:★★★★
年末に佐々木さんのプロデュース能力の本を紹介したが、プロデュースに対して一層の具体的なイメージを持ちたい方にはこの本をお勧めする。
人口1万5千人、税収6億円足らずの緑原町はご多分にもれずハコモノ行政の繰り返しで150億円もの負債を抱えていた。負債は周辺自治体の倍で、平成の大合併からもはじき出され、財政再建団体への道を一直線。そこに緑原町の出身で、日本一の商社四井商事で部長まで上り詰めるも出世の道を閉ざされた山崎鉄郎が、同級生のクマケンの頼みで町長となり、古巣とのコラボレーションで町を立て直していくという物語。
どこでもありそうなストーリーだ。状況設定のポイントはいくつかある。最大のポイントは、血を流したくないという問題解決上の制約。人員削減や、人員削減に睦びつくハコモノ施設の廃止などは論外。二つ目は前提。住民には都会と同じようなサービスを快適さ、利便さを求めている、権利があるという思い込み。この思い込みは役所の職員の存在意義にもなっている。三つ目は自分たちだけでなんとかしなくてはならないという思い込み。四つ目は自分の利益をひたすら追求するステークホルダの存在。
要するにすべては負の資産なのだが、唯一、プラスの資産といえそうなのは病院施設。これもハコモノなのだが、検査設備がそろっているわりには利用者が少ないので、待なくてよいという理由で近隣地域からもやってくるという設定。
基本的なストーリーとしては、ここに8千人規模の老人や要介護者の街をつくり、それによって介護士やモールなどの雇用創出をし、人口を増やし、商いが生まれ、税収が増えていくというもの。まさに、目に見えていないものを作り出すということだ。
問題解決のポイントはいくつもあるので、実際に読んで確認してほしい。僕が特に響いたポイントを紹介しておく。
一つ目は、常識的に考えたのではステークホルダ全員が満足する方法はないという状況で、みんながちょっとずつ我慢することによってしのごうという発想がないこと。こういう状況では、議員も公務員も給与を下げ税金を節約、、住民は不便を我慢する、新しい都市機能はほしがらない、作らない、といった縮退を基本にした問題解決が行われることが多い。いわゆるリストラだ。
「リストラ」が問題解決になるのはまだ、余裕のある状況である。パイでいえば、まだ、全員が食べるだけのパイがあればそれもよい。しかし、どう分けても足らないという状況ではこんな発想ではどうしようもない。パイを食べた人は新しいパイを作ってみんなに食べさせてくれないと話にならないのだが、みんなが足らなければ誰も自分が新しいパイを作ろうとはしないだろう。ここで誰かが犠牲になって、おなかいっぱいパイを食べた人が新しいパイを作るというヒーロー待望的な発想もなくはないが、ナンセンス。
ビジネスでいえば、1~2年で不況が変わるのであればリストラというのは一つの手段である。しかし、3~4年続けば「リストラ」は解決にならない。リストラの語源であるリストラクチャリングとは、事業の再編成である。事業をやめるだけではない。したがって、新しい事業の創出が伴う。この話では、それが老人の街を作ることだったわけだ。
二つ目は、目的(ビジョン)の重視。もっとも重視すべきことは、住民の利益を守ることだが、興味深いのは「可能性」という利益には目的を考えたトレードオフを徹底していること。たとえば、作ろうとしている施設は、都会のサラリーマンにとっては格安だが、地元の給与水準からするとかなり高く、誰もが手を出せるものではない。この状況で迷うのは必ずしも役所の発想だけではないが、
三つ目は自分ができることを前提にしてものごとを考えていないことだ。日本のエリート階級には自分の中でものごとを考えることを潔しとする文化がある。「武士は食わねど高楊枝」という文化がその典型だ。二つ目とも関係してくるが、まず、目的を創る。この際に何ができるかということは考えない。そして、目的が決まったら、どのように実現していくかを考えていく。実現性を全く無視するわけにはいかないので、実際にはある程度、この2つは並列して進めることになるが、そこで重要なことは箱に閉じこもって考えるではなく、今回の主人公が四井との間で行ったように、コラボレーションをしながら考えていくことだろう。
四つ目は、病院はもちろんだが、ハコモノとして厄介扱いされていたものが、どんどん、資産に変わっていくことだ。負の資産がある中でリストラクチャリングをするということは、新しい世界を定義することによって、今まで負の資産だと考えられてきたものを、(正の)資産として位置づけることができるようにしたことだ。管理人の人件費すらでない、ゴルフ場、プール、養殖されて捨てられ、巨大化したイワナ、等など。
実はこの4つはいずれも、プロデュースを行う際のポイントになるところである。
最後にこの本のお勧めの読み方。
まず、プロデュース能力を読みます。
佐々木 直彦「プロデュース能力 ビジョンを形にする問題解決の思考と行動」、日本能率協会マネジメントセンター(2008)
もう少し、簡単に知りたい人はこちらでもいいでしょう。
そして、プロデュース能力に書かれていることと照らし合わせながら、プラチナタウンを読み進めていきます。プロデュース能力の理解が深まるでしょう。
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