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2010年9月18日 (土)

名品中の名品の錦鯉のような人材を育てる

4198630038 申元東(前坂俊之監修、岩本永三郎訳) 「 ソニー、パナソニックが束になってもかなわない サムスンの最強マネジメント」、徳間書店(2010)

お奨め度:★★★★1/2

サムスンの人事部出身のコンサルタントがサムスンの人材マネジメントの全貌を紹介した本。単に制度や育成方法だけではなく、人材マネジメントシステムの背景、戦略などについても詳細に書かれている単行本1冊、1企業(グループ)の人材マネジメントだけについて書かれた本というのは珍しく、サムソンについて知る以外にも人材マネジメントの全貌を知るという意味でもお薦めの本。

サムスンには、「サムスンミステリー」という言葉があるという。サムスンが企業変革の際に世界的なコンサルティング企業マッキンゼーに経営診断を依頼した。マッキンゼーの診断結果は、
「サムスンは他の企業と比べて特に優れたところはない。しかし、客観的には不可能な目標を掲げ、それを成し遂げている。これがサムスンのミステリーだ」
というものだったという逸話がある。この本はサムスンミステリーを解き明かしてくれる本だ。

サムスンには3つの経営理念がある。

(1)事業報国
(2)人材第一
(3)合理追求

である。そして、5つの経営精神がある。

・創造精神:新しいことを探求し、開拓する
・道徳精神:真実で正しい行動をする
・第一主義:すべての面でナンバーワンになる
・完全主義:確実で完璧に仕事をする
・共存共栄:互いに尊重して助け合う

サムスンミステリーはこれらの経営理念と経営精神が統合されて生まれてきたもので、次の3つの強みがなせる業である。

(1)なせばなるという強い信念をもって最高の目標に挑戦し、一人ひとりが進んで自分の仕事の第一人者になり、会社は業界のトップランナーを目指す

(2)計画の段階から緻密に検討して試行錯誤をできるだけ減らし、人的・物的資源の損失を最小限に抑える完璧な経営管理システムを持つ

(3)急変する困難な環境に対して一歩先を見て対応し、世の中のめまぐるしい動きと競合の激しい経営環境にあっても、清廉潔癖をもって企業を永続させる商人根性をもつ。

このような強みを生み出しているのが、サムソンの人材像である「ゴールドカラー」である。ゴールドカラーとは経営学者のロバート・ケリー氏が1985年に「The Gold-Collar Worker: Harnessing the Brainpower of the New Work Force」という本で示した概念である。日本でも

ロバート E ケリー(徳山 二郎訳)「ゴールドカラー―ビジネスを動かす新人類たち」、リクルート出版部(1985)

として翻訳が出版されている。

ケリー氏によると、ゴールドカラーとはホワイトカラーから、分化して登場した人材で、“自分の能力”を自由に売って働く人材であり、
・人生における移動距離が圧倒的に長いこと
・誰にも使われない人である
という2つの特徴を持っているという。ポストホワイトカラーという考え方はドラッカー博士のいう「知識労働者」に似ているが、知識労働者の中のエリートの一握りの能力の高い人という位置づけになると思われる。1985年の段階で、ケリー氏は、ホワイトカラーがどんどん、ゴールドカラーに変わっていくだろうと予測していた。今、まさにそういう時代になりつつある。

サムスンは、単純な反復作業よりは創造的な仕事で付加価値を生む人材をゴールドカラーとよび、人事政策上の中核人材と位置づけ、ゴールドカラーの育成に焦点を当てた育成システムを構築している。

サムスンの人材像のメタファとして「錦鯉」があげられている(錦鯉人材論)。500万匹の稚魚が最初の鑑別作業で50万匹に絞られる。そして、残りは捨てられる。鑑別が二度三度と続き、三度目には5千匹に絞られる。さらに、最終的に品評会に出されるのは4~5匹。サムソンが求めるゴールドカラーは名品中の名品の錦鯉のような人材だというわけだ。

もちろん、本当に錦鯉を育てている訳ではないので、選ばれなかった人材を追い出すわけではない。そのレベルでベストな育成をしていくことはいうまでもない。

選別の核になるのは、「コード」である。サムスンの企業の風土や価値感にコードがあう人物であることは求められる。そして、そのような人物に対して、

・価値感の共有のための教育
・次世代リーダー養成課程
・グローバルな実力の強化
・職能専門家養成課程
・リーダーシップの能力をテーマとする家庭

などの教育が行われる。

その中でサムスンミステリーをもたらしている制度に「地域専門家制度」がある。こおn制度は入社3年目以上の勤務成績が優秀で、国際化マインドを持つものが選ばれ、海外に派遣される。一旦、派遣されると1年間戻れない。そして、現地の大学の短期プログラムに参加したり、勉強したり、全く自由に活動してその国の文化や地域の特性を身をもって体験し、肌で感じながら、人脈を作っていく。これが任務である。

このために使われる1名あたりの費用は1億ウォン(800万円)。14年間で、60カ国以上、700以上の都市に、2800人以上が送られた。効果は議論になったが、その地域での人脈ができることはグローバルビジネスを展開する上で非常に大きな効果があるそうだ。

サムスンの人材施策の特徴は、人事と育成を区分していないことにある。これらは単なる教育ではなく、業務や評価に直結した取り組みとして実施されている。報償一つとっても、
・特別報奨金
・生産性奨励金
・利益配分金

の3つがあり、ゴールドカラーとなった「核心的人材」は他社とは比較にならないくらいの報酬を得ている。しかし、同時に、内発的動機を持たないとついて行けないくらいの厳しさがある。

このような戦略的な人材育成を行うことにより、組織力が半端ではなく高い。サムソンではすべてが組織で動くといわれる。ここにコードの重要性が出てくる。人間関係、勤務態度にはインテグリティが求められる。一方で、「タイムマシンチーム」のように、部署の出退社も自由なチームが存在する。10名の若い社員で構成され、新しい製品や市場開拓を行う。そのために、予算も独自に立て執行する。チームメンバーには社長とまったく同じ社内情報を与えられる。そして、1年間アイデアがでなくても、タイムマシンチームで活動していたことは人事上は加点される。もちろん、成果も出ている。ハングル用のFEP「天地人」などだ。

また、デザインにも力を入れている。デザインのためのミッションとしてCNB(Creating New Business)、TCD(Total Communication Design)グループ、USD(User-Driven Sensing)グループがある。なかでも、CNBは、世界最高レベルの人材20名以上がトレンドを予測し、新しいモデルを開発している。

これらの組織に「核心的人材」が存在し、一方で、組織はコードで動くことにより、核心的人材の成果を組織の力に変換することに成功している。

サムスンのついて関係する日本人の話をすると、まだ、日本をキャッチアップしている段階で、まだこれからだという人が多い。また、この本の監修者である前坂俊之氏もそのようなことを書いている。確かにそうかもしれない。しかし、商品の質を見ると、創造性が高いように思う。日本の高度成長期に、海外の模倣と品質マネジメントで競争力を持ってきた状況とは少し異なるように思う。その秘密が、この本で詳しく紹介されている人材マネジメントシステムにあるように思える。

おそらくだが、技術的なレベルに比べて、人材マネジメントのレベルは圧倒的に高いと思われる。最新のHRM理論を研究し、取り入れている。日本のように、創造性の源泉としてあくまでも技術レベルに拘っているわけでもないように思う。

この試みは極めてチャレンジングで、興味深い。この本を読んでいて、「リーダーシップパイプライン」を思い出した。リーダーの育成の段階から、リーダーシップの伝承をする仕組みができている。HRMのビジョンはGEの研究を徹底的にしたのではないかと思う節もある。副題にある、「ソニー、パナソニックが束になってもかなわない」というフレーズも将来的にはあながち嘘ではないかもしれない。

最後になったが、サムスン云々は別にして、1冊、まるまる、特定の会社のHRMシステムを詳細かつ、具体的に書いているという非常に珍しいタイプの本である。HRMの勉強のためにも非常に役立つ本であると思う。

こういう本が出てきたということは、既にサムスンは追いつかれることなく、走り続けることができるという判断をしたのだろうか?

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